470話・帰れない思い
サンドリヨン城の最上階で、なぜかヒナとサシ飲みになった俺──。
どうやら彼女は酒の力を借りて、勇者トシヒコと小夜子をめぐる三角関係を打ち明けた。
……かと思ったら、アルコールを受け付けないヒナはすぐにダウンしてしまった。
(浄化魔法をかけながら飲んでも酔っ払っちゃうんだ……)
俺は彼女にブランケットをかけて、独り夜景を見ながら残りのスパークリングワインを飲んでいる。
◇ ◆ ◇
少しばかり時が過ぎたころ、ヒナは目を覚ました。
「……直行君、話を聞いてくれてありがとう」
浄化魔法で酔いを醒ましたヒナが、少し恥ずかしそうに言った。
「……ヒナは本当は、あまり人から好かれないんだ。実際、ママも本当はヒナのことをどう思ってるのか、分からなくなっちゃう」
「そんなこと言ったら、俺なんか世界中の嫌われ者だからなあ……」
「特に好かれたい人にほど、好かれないんだよね……」
「ヒナちゃんさん、何を仰いますやら」
得票率までは知らないけど、勇者自治区の選挙で執政官に選ばれている彼女に言われても、という思いだが……。
まだ酔いを残しているのか、あるいはそんなフリをしているのか俺には分からない。
ただヒナの表情は晴れやかだった。
彼女の中にある、トシヒコと小夜子に対する煮え切らない思いを、打ち明けられたのが良かったのかもしれない。
「今夜の話は誰にも言わないよ」
「……ううん、エルマさんになら言ってもいいよ」
「またまた。そんなこと言ったら、奴はさらに増長しちゃうよ。ヒナちゃんさんに苦手意識を持ってるくらいがちょうどいいかも」
「ふふっ、そうかもね。……前から少しだけ気になっていたんだけど。あの娘、もしかしたら転生者じゃない?」
ヒナは軽い気持ちで聞いたようだけど、エルマ=転生者は絶対に人に知られたらダメな情報だ。
「……どうかな。俺には分からない」
俺はなるべく平静を装って答えた。
ヒナは虚偽感知魔法は使ってないと思うけど、俺としては嘘はつきたくなかったから、そう答えた。
まあ、答え方でバレバレだろうけど……。
グラスを持つ手が震えるといけないので、シャンパングラスはテーブルの上に置いた。
「……そう。だとしたら、エルマさんはよほど直行君に夢中なのね。ドルイド出身の精霊使いレモリーさんも……。やっぱり直行君は、好かれたい人にちゃんと好かれてる……」
「て、いうかヒナちゃんさん、レモリーの出身地のこと知ってるのか? 小夜子さんから聞いたの?」
彼女とは何度かレモリーを伴って会食しているけど、故郷の話はしていない。
「ママはそういうこと言わないでしょ。この世界で精霊術師は大抵エルフかドルイドに縁があるの」
「そうだったんだ」
俺は相づちを打ちながら、またスパークリングワインに手を出した。
「……トシは忘れてる可能性が高いけど、たぶんレモリーさんとトシは同郷のはず。20年近く前、ドルイドの村が魔物の一団に滅ぼされたときに、逃げ延びた数少ない生存者なの……」
…………。
ヒナが語ったところによると、故郷を滅ぼされたトシヒコは、魔王討伐を誓ったのだという。
「〝導かれし転生者たち〟とは言うけれど、運命に導かれたのはトシとグレン座長……」
「もしレモリーとトシヒコさんが一緒に逃げていたら、彼女が勇者パーティの一員だった未来もあり得たのか……」
その一方で、ヒナは語らなかったことだが、レモリーは、自身を引き取った奴隷商人から、礼儀作法や戦闘までをこなす教育を施されたという。その際、ものすごい反抗的な奴隷商人の娘の話をしていた。
ひょっとしてレモリーを奴隷として育てたのは、この世界でのヒナの実の両親だったのかもしれない。
「直行君、レモリーさんを大切にしてあげてね」
ヒナもグラスを傾けながら、芸能人スマイルで言った。
俺は、強く頷いた。
元よりそのつもりだ。
……でも、いつか俺が元の世界に帰るのだとしたら、レモリーとは別れてしまうことになるのか……。
俺は、気持ちの整理がつけられるのだろうか……。
「…………」
「…………」
何とも間の悪い沈黙が訪れた。
「ええと……トシの結婚……じゃなくて、異文化交流会について話を戻しましょう。直行君、どうぞ」
「え……」
「異文化交流会の段取りをお願いします」
ヒナは急にビジネス口調になって、話を続けた。
「……お、おう。俺としては、非武装中立地帯の中央湖に特設ステージなんか作って、湖上花火大会なんて考えてる」
ヒナの顔がパッと明るくなった。
「いいじゃない。蒸気船を出すわ。それぞれの船で乗りつけて、派手に騒いじゃいましょう」
でも少し、芝居がかったような気がしないでもない。
この世界を取り巻く勢力の責任者としてのヒナの重責に比べて、彼女が抱いている恋心なんてある意味、純粋といえば聞こえがいいが、幼稚な感情でもある。
勇者トシヒコも賢者ヒナ・メルトエヴァレンスも、個人の感情で動ける立場ではない。
そして俺も国際社会に躍り出て、そういう立場になりつつあるのだ……。
◇ ◆ ◇
いくつかの確認をして、ヒナとの交渉は成立した。
「異文化交流会の進行役は、直行君にやってもらいましょう」
「お、おう。自信ないけど……やるしかないよな」
握手を交わす。
「トシと王女の結婚は置いておいて、世界のバランスは考えないとね」
ヒナの手は少し汗ばんでいたが、しなやかで細く、強い意志が伝わってくるような固い握手だった。
次回予告
本編とは全く関係ありません。
「七月二日は半夏生ですわね♪」
「いつの間にか〝タコを食べる日〟として定着しつつあるよな」
「商魂たくましい業者が広めたんでしょうね。でもタコ美味しいよね。タコのカルパッチョにアヒージョ」
「知里はお洒落ねー。わたしなんかたこ焼きと酢ダコくらいしか思いつかなかったわ」
「あたくしはタコライスですわ♪」
「おいエルマ。タコライスに基本タコは入れないぞ。タコスのタコから来てるんだ」
「……な、何を言ってるんですか直行さん。タコ入りのタコライスもありますわ♪」
「まあね。タコライスに茹でたタコ入れればね」
「クッ○パッドにもレシピありますし、タコ入りタコライスありますわー♪」
「次回の更新は7月2日です。『エルマの墓穴』お楽しみに」




