468話・ヒナ・メルトエヴァレンスの憂鬱
ディンドラッド商会を(秘密裏に)傘下に収め、ロンレア領に戻って来た。
商会を隠れ蓑に、諸侯を巻き込んだ異文化交流会=花火大会の準備を進める。
クロノ王国の侵攻から自領を守るためにも、外交努力をしなければならない。花火大会とはいうものの、俺たちが生き残るためには、他の勢力を巻き込んだ連携が不可欠──。
孤立無援の総力戦になることだけは、避けなければならない。
俺はエルマたちを呼び、次の手を打ち明けた。
「中央湖で船上パーティー……なんてのはどうだろう?」
どうせ花火大会をやるなら、思いきり派手でゴージャスな方がいい。
「フン! ついに直行さんもヒナさんに毒されてパリピデビューですか♪ いやらしいですわ♪」
「外交努力は結構ですが、ロンレアの財政は火の車です。無い袖は振れませんよ? それに勇者自治区の技術がなければ難しいでしょう」
ギッドの言う通り、勇者自治区の協力が不可欠だ。
「それに加え、法王庁の同意が得られるかどうかも、確認しておく必要があります」
レモリーは法王庁の動きが気になるようだ。
ジュントスはともかく、法王ラー・スノールがどんな人物なのかは全く分からない。
法王庁には領主エルマの名代としてキャメルを使者に立て、派遣する。
「俺は勇者自治区に行って、異文化交流会について打ち合わせをするよ」
だって〝異文化交流会〟なんて大義名分、いかにもヒナちゃんが好きそうじゃないか。
◇ ◆ ◇
こうして俺は、勇者自治区へやって来た。
俺たちが元いた世界のテーマパークを模した街並みは、何度訪れても違和感しかない。
特にサンドリヨン城は、おとぎ話のお城のようで、まるで現実感がない。
そんな夢見るお城の最上階は、執政官ヒナ・メルトエヴァレンスの私室として使われている。
俺はアンティーク調の高そうな家具が並ぶ部屋に通された。
勇者自治区には何度も来たけど、ここに来るのは初めてだ。
「直行君。ヒナはいろいろと話すことがあるんだけど……いぶき君のこととか。いぶき君を匿っているんでしょ……」
執務室で書き物をしていたヒナは、手を止めて少し険しい顔で俺を見た。
「いぶきの件は、俺に預からせてくれ。知里さんも監視役につけてるから、おかしな真似はさせない」
彼女にとって、もっとも気になるのは神田治いぶきの処遇だろう。二度も口に出すくらいだ。
スパイ疑惑で指名手配されているいぶきは、勇者トシヒコに殺されそうになったところを、知里とエルマの助けでどうにか逃げ延びた。
現在はロンレア領で匿っているが、勇者自治区が容疑者引き渡しを求めるのはまあ当然だろう。
「頼むよ、ヒナちゃんさん」
「……分かった。ヒナはいぶき君のことを信じてるけど、トシが疑っている以上、ウチには置いておけないか。どうにか無実が証明できるといいのだけど……」
ヒナはそう言って、この件を俺に預けてくれた。……まあ、いぶきは潔白とは言い切れないところが難しいところだ。
それにしても、彼女は小夜子と同じかそれ以上にお人好しだ。
シビアなように見えるのは、率直にものを言うからだとこれまでの付き合いで分かった。
「ありがとう、ヒナちゃんさん。それで、相談なんだけど……」
俺は全力で感謝して、次の話題に話を振った。
…………。
「異文化交流会?」
俺は、ざっくりとこれまでの顛末を説明する。
法王庁のジュントスから聞いた、勇者トシヒコと王女アニマの政略結婚と同盟を結ぶ話。
この世界の強者同士に同盟を結ばれると、第二次ロンレア領侵攻はまず間違いなく起こるだろうこと……。
そこで俺は、ディンドラッド商会を隠れ蓑に諸侯たちを巻き込み、クロノ王国を外交の舞台に引っ張り出すために首脳会談を兼ねたイベントを企画する。
「……それで、どこか中立地点で、各国の代表を交えてさ。それぞれの世界の料理や、花火なんかででおもてなしをしながら、和平交渉ができればいいと思ってる」
熱心に語る俺とは対照的に、ヒナの顔は曇るばかりだった。
「ヒナちゃんさん?」
「……ヒナは聞いてない! トシとアニマ姫様の結婚なんて!」
彼女の整った顔が、みるみるうちに怒りに歪んでいく。
「ヒナは絶対に認めない! 結婚相手がママならともかく、クロノ王国のアニマ王女なんて! ヒナたちの夢の国・勇者自治区を乗っ取る気満々じゃない!」
ヒナは子供のように頬を膨らませてまくし立てた。
「相手がママならって、小夜子さんとトシヒコさんなら結婚してもいいってこと?」
俺の見立てでは、ヒナは明らかにトシヒコに好意を抱いている。
一方で、トシヒコは小夜子に対し、愛刀を預けるくらいに信頼している。
一度会っただけの印象で言うのも何だけど、トシヒコはヒナを対等には見ていない。
親子で三角関係という、何とも泥沼っぽい3人の関係……。
「トシみたいな、どうしようもない女好きの面倒が見られるのは、ママみたいな人しかいないの!」
ヒナは感情がストレートで分かりやすいだけに、無理をして言っているのが分かる。
彼女はトシヒコのことが好きだ。
でも、おそらく〝お子様〟扱いされているのに腹を立てている。
「どうかなあ。俺はヒナちゃんさんとトシヒコさんのほうがお似合いだと思うけど?」
ちょっと意地が悪い質問だとは思うが、あえて聞いてみた。
「ないない。ヒナは浮気する人が嫌いだもん。浮気っていうか、ハーレムつくるし! もう最低! トシなんか許せない! 大嫌い!」
ヒナはヒートアップして、声を荒げた。
その際に飛んだ唾が俺の顔にかかり、それに気づいた彼女が恥ずかしそうにうつむいた。
「……直行君も、手当たり次第に女の子をモノにしちゃうけど……男の人ってそうなの?」
ヒナは俺の悪評を真に受けているようで、質問を質問で返してきた。
賢者ヒナ・メルトエヴァレンス。
前世が芸能人で、今生が魔王討伐の英雄で勇者自治区の執政官という、華々しい容姿と経歴の持ち主だが、燃え上がる恋心をもつ乙女なのだった。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
「直行さーん♪ お待ちかねですわ♪ 6月24日はUFO記念日だそうですわ♪」
「1947年にアメリカで〝空飛ぶ円盤〟が目撃された最初の日だとされているな」
「UFOといえば、○追純一のテレビ特番なんかがあったわねー」
「次回の更新は6月26日を予定しています。いよいよ勇者自治区にUFOが……」




