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46話・三つ巴の膠着状態

「大将! いぶき氏を連れて来やしたー!」

挿絵(By みてみん)

 馬に乗ってやってきた小男は、盗賊のスライシャー。

 俺が用心棒として雇った冒険者だ。


 彼は重傷を負いながらも、勇者自治区へ伝令に走ってくれた。

 けがも治っているようで何よりだが……。

 俺、「いぶきに助けを求めるな。冒険者ギルドへ行け」って言わなかったっけ?

 なんで連れてきたんだよ……。


「大将? レモリー(ねえ)さんとネリーの野郎は……?」


 心配そうにこちらを見るスライシャー。

 俺は「大丈夫」と大きくうなずくことしかできなかった。

 治療を終えて、そこの迷彩シートに隠れて静養中とも言えない。


「直行さん、よくご無事でした!」


 空を飛ぶキックスケーターのような乗り物でやってきたのは、神田治(かんだはる)いぶき。

 今、荷台にあるマナポーション500箱弱を、6000万もの大金で購入してくれた取引先だ。

 ツーブロマッシュの髪型とセルフレームのメガネがトレードマークの、意識高い系の青年だ。

 しかし、このタイミングで現れたのは最悪だった。


「何だよあの乗り物!」

「ああいう感じの眼鏡かけてるってことは異界人だな」

「気持ち悪ぃんだよ」


 神聖騎士団の面々は、嫌悪感をあらわにしている。

 紅い髪のリーザだけが、冷静にいぶきの前に立ちはだかった。


「貴公は何者だ?」

「……さて、何と答えましょう」

「勇者『自治区』の者か?」

「答える必要は、ありませんね」

「……そうか。ならば可能性としてはあり得ると承知しておこう」

「どうぞご自由に」


 毅然としたリーザの問いを、いぶきは人を舐めたような態度ではぐらかす。


 ……マズいことになったな。

 法王庁と勇者自治区という2つの勢力が、鉢合わせしてしまった。

 よりによって、今回の検問の対象である、大量のマナポーションをめぐる当事者たちでもある。


 一方、旧王都の貴族であるエルマは、従者を装って目立たないように荷台の陰に身を潜めている。


 ……。

 ちょっと状況を整理しよう。


 そもそもこのマナポーションは、勇者トシヒコによって魔王が討伐された後の平和な世で、需要が減って大量に在庫を抱えてしまった法王庁の財政を支えるため、旧王都の貴族たちが分担して買い取ったものだ。


 聖龍教に心酔するエルマの父・ロンレア伯は、身の丈を超えて多額の借金をしてまで、割り当ての3倍に当たる600箱(1箱24本入り)1万4400本(仕入れ値1本当たり2400ゼニル、総額約3500万)を買い込んだため、財産を差し押さえられる羽目になった。


 そこで借金(3500万ゼニル)返済のために、現代日本から召喚されたのが俺だ。

 もっとも、召喚の際の手違いで、たまたま俺が引き当てられたようなのだが……?


 俺を呼んだのはロンレア伯の娘・エルマ。

 アフィリエイターだった経験を生かし、秒速でマナポーションを売りさばけなどと、無茶なミッションを課してきた。

 しかも、期限までにさばけなければ死ぬという、呪いのオプション付き。


 俺は発想を変えて、マナポーションを「化粧品」として売ることを思いつき、勇者自治区の神田治いぶきと接点を持った。


 そして、いぶきと6000万ゼニルの商談をまとめた俺は、マナポ納品の途中で強力な魔物に襲われ、従者レモリーと、護衛の一人であるネリーが、瀕死の重傷を負った。


 凄腕冒険者の『頬杖の大天使』こと知里が助けに来てくれなければ、間違いなく全滅していただろう。


 知里のコネで大胆ビキニ姿のメガネ女子・八十島小夜子と、回復の天才少女ネンちゃんの助けが得られ、仲間たちは一命をとりとめた。


 ホッとしたのも束の間、騒ぎを聞きつけた法王庁の神聖騎士団に囲まれ、積み荷の正体が、もとは法王庁のものであったマナポーションであることがバレてしまった。


 ちょうどそこへ、間の悪いことに勇者自治区の神田治いぶきが来たものだから、非常に気まずいことになっている。


 法王庁と勇者自治区は、どうやら対立関係にあると聞く。

 俺は、法王庁が出所であるいわくつきのマナポーションを、勇者自治区へ売ろうとしているのだ。


「それにしても、これは超ヤバいメンツじゃないですか?」


 神田治いぶきは、マイペースに感心している。


 ツーブロックマッシュにセルフレームのメガネをかけた意識高い系のような外見で、空飛ぶキックスケーターから下りもしないで、ふざけたような歓声を上げている。


「その紅い髪は神聖騎士団隊長のリーザ・クリシュバルトさんでしたっけ?」

「子爵に対して『さん』付けとは何だ異界人!」


 副官らしき飛竜騎士が激昂するも、いぶきは全く意に介さない。

 知里の方を向いて、うんうんと頷いている。


「おお、こっちはもっとずっと大物だ。『頬杖の大天使』こと零乃瀬知里さん。魔王討伐軍・選抜メンバーの元エースですね」


 知里はさほど興味がなさそうに、いぶきをチラ見しただけだった。


「そして、荷台を守っている女性が、八十島小夜子さまですね。魔王を倒した勇者パーティの一員で、アイカの探し人でもある。いやあ、お会いできて光栄です」


 いぶきは荷台の上に立つ小夜子にペコペコと頭を下げている。


「あの、どちらさま? わたしたち初対面よね……」


 しかし小夜子はきょとんとして、いぶきを見て首をかしげている。

 いぶきの方はやけに親しげに声をかけているが、小夜子はピンと来ていないようだ。


 それにしても……。

 なるほど、彼女もミウラサキと同じ魔王討伐パーティか。 

 ビキニ鎧はともかくとして、常人ではないと思っていたから納得だ。


「それにしても、直行さんは大変な人脈をお持ちですね」

「……!」


 いぶきの奴め、おいそれと俺の名前を呼んでくれるなよ……。

 隠していたのに!


「異界人どもが! この世界をひっかきまわしやがって!」


 そんないぶき(いや、俺もか?)に対し、神聖騎士団たちは怒りに震え、いまにも斬りかかってこようとする勢いだ。


 今度は人間と戦うのか……?

 正直、俺は嫌だ。

 しかし、いぶきは違う。

 この状況を楽しむように笑っている。


「とりま、この状況を打破しましょう。零乃瀬さん、1000万ゼニルで仕事を依頼したいのですが、いかがです?」


 いぶきが不敵にニヤリと笑って、知里に何かを提案しようとした。

 それに対し、知里は呆れたように肩をすくめてみせた。


「……アンタ、その先は言わない方がいいと思うよ。マナポ売りのお兄さんの依頼、つまり積み荷は守るから、アンタはそれ以上、ひっかき回さない方がいいみたい」


「うおう、心読まれちゃった! 零乃瀬さんはウルトラレアスキル『六神通(ろくじんずう)』の一つ『他心通(たしんつう)』持ちなんでしたっけ!」

「まあね」


 いぶきは心底驚いたように目を見開いている。

 彼が知里に何を依頼しようとしていたか、俺には分からないが、おおよその想像はつく。

 6000万ゼニルの取引先だが、警戒する必要はありそうだ。


 その知里だが、今度は神聖騎士団に対しても鋭い眼光を投げつけた。

 いぶきの話した彼女の超レアスキルだという『他心通』の件で、騎士団員たちにも狼狽の色が見えた。

 紅い髪の隊長は、口を真一文字に結んで知里をまっすぐに見つめている。


「あたしが請け負った仕事は、そこのお兄さんの積み荷を護衛すること。そっちの神聖騎士団も物騒な手段に出るなら、抵抗させてもらう」


 知里の発言で、神聖騎士団員たちの緊張感がさらに高まっていた。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] このタイミングで今までの話を振り返るとはお見事という他ありません。 長期になると時々こうやって振り返る話があるのはありがたいです。
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