466話・お気楽な三男さま、年貢の納め時
「行け! スペクター」
フィンフが勢い良く腕を突き出し、魔物をけしかけてくる。
スペクターとは、実体を持たない不死系の魔物だ。
ゲーム等では、霊体型の不死系魔物の最上位として登場するが、目の前にいるスペクターはボロボロのマントをはおった骸骨の姿をしていた。
「直行。あいつから猿の魔力を感じる。油断しないで」
よく見ると、骸骨の背後に、顔に大きな刀傷のある初老の男が亡霊のように浮かび上がっている。
「……あいつ誰? 知里さん。猿……ではないようだが」
「骸骨の生前の姿のようね。亡霊となってさまよっていたところを、猿の魔力に囚われ、使役されてたってところかな」
知里の言うように、散々俺たちを苦しめた〝鵺〟の頭目、猿の魔力の残滓を感じる。
「…………〝死の詠唱〟が来るよ!」
骸骨の胸のあたりに、禍々しい装飾の赤い宝石が浮かび上がり、怪しく光った。
「ふん、魔力で負けるもんか」
知里はスペクターを軽く上回る魔力で解呪の魔法を放つと、死の詠唱を打ち消した。
「さすが知里さん♪ そしてこれは、あたくしからのトドメですわ♪」
上空のエルマが〝鵺〟を使役し、周囲に雷鳴をとどろかせる。
「……!?」
初老の男の亡霊は、両手で印を結んで即死系魔法の詠唱に入ろうとしていたが、エルマと鵺の姿を見るや、なぜか固まってしまった。
そして今度は〝猿〟の仮面をつけた俺をまじまじと見つめて、その場に立ち尽くしている。
「どうした、スペクター! 戦えよ! 何してるんだよ!」
フィンフは苛立ち、赤い宝石を振り回しながら骸骨に喚き散らす。
「……まさか〝鵺〟を従え〝猿〟に取って代わった……のか?」
初老の男の亡霊は騒ぐフィンフを一顧だにせず、頭上の鵺と俺とに交互に視線を向けている。
「……ひょっとして直行さんのことを、鵺の新しい〝猿〟だと勘違いしていますの?」
エルマが上空で呟いた声を、風の精霊が運んできた。
「……どういうこと、知里さん?」
俺は、魔物の心さえ読める知里に尋ねた。
「そのようね。彼はあの赤い宝石を呪具として、〝猿〟の呪いに囚われてる」
この猿の仮面はエルマが複製した〝偽物〟だ。
商会への脅しになると思って被っていたのだが、まさか〝猿〟が従えていた亡者にもハッタリが利くとは思わなかった……。
「直行のことを〝猿〟の継承者だと思ったみたいね。でも、いいんじゃない? どんな経緯にせよ、直行が暗殺者集団〝鵺〟を壊滅させたのは事実なんだから」
彼女はそう言うや、解呪魔法で猿の呪いを解いた。
「……」
スペクターの背後にいた、刀傷のある初老の男が消えていく。
それに伴い、周囲を覆っていた瘴気が晴れて、骸骨姿の幽体モンスターは戦意を喪失した。
骸骨姿の魔物は、俺の前にひざまずき、頭を垂れる……。
「エルマ嬢、今ダ! スペクターを召喚獣トシテ契約してしマエ!」
そのとき、上空から魚面の声が響いた。
「え?」
「お魚先生♪ 当然ですわ♪ 鵺も猿もあたくしの下僕♪ 骸骨もあたくしの召喚獣におなりなさい♪」
そんな奇妙な間を見逃さず、エルマと魚面の召喚士師弟コンビが、すかさず魔方陣を描いてスペクターを取り込んでしまった。
「スペクター! ゲットだぜですわ♪」
──こうして、何だかよく分からないうちにエルマの手持ちの召喚獣のラインナップが増えた。
「……くそ! 使えない亡霊めが! くそくそ!」
一人取り残されたフィンフには、毒づくことしかできなかった。
「さて♪ お気楽な三男さま、年貢の納め時ですわーー♪」
エルマは邪悪な笑みを浮かべて、フィンフに突撃する。魔法の使い手のくせに、相手が弱いと分かると殴る蹴るの肉弾戦に持ち込むのは、エルマの血筋が武闘派の貴族のためか……。
奴はどこで覚えたのか分からないようなインチキ拳法で、フィンフをボコボコにしていく。
「痛い痛い! 痛いよ! 痛い……」
嬉々として拳を振り下ろすエルマと、泣き叫ぶフィンフ……。
奴はフィンフに馬乗りになり、殴る蹴るの暴行を加えている。13歳の少女の暴力ではあるが、容赦がないためフィンフは鼻血が出るほどに殴られていた。
知里は「やれやれ」といった風で肩をすくめた。
「私が悪うございましたーーー!!」
すぐに心が折れたフィンフは、土下座をして許しを請うた。
◇ ◆ ◇
ディンドラッド商会の執務室。
ロープで両腕をぐるぐる巻きにされたフィンフは、ロンレア領への妨害工作と襲撃計画について簡単に吐いた。
この場には商会の代表である長兄と次兄、そして商会の職員だったギッドも同席している。
「……兄上たちを差し置いてディンドラッドを掌握するには、クロノ王国を頼るしか手がなかったのです……」
妨害工作は、概ね俺たちの予想した通りだった。
野心家のフィンフは、2人の兄を出し抜いてディンドラッド商会を手にしたかったのだ。
「そんな私に最初に声をかけてくれたのが、ネオ霍去病殿です……」
ネオ霍去病。若きガルガ国王の側近集団〝七福人〟の筆頭とされる男だ。
「彼はこう言ったのです。〝七福人〟は、匿名集団である。ゆえに、出自に後ろ暗いところがあっても、功績さえ上げれば取り立ててやると……」
フィンフは涙目で語る。
「そういえば、フィンフの婚約者はガルガ国王の側近・近衛騎士の身内だったな……」
細い方の兄が、思い出したように言った。
「しかし、気付かなかったとはいえ、ロンレア領の人々およびギッドを始めとする出向職員とその家族を危険にさらしてしまったのは、我々の落ち度だ。申し訳なかった」
2人の兄が、俺とギッドに頭を下げてきた。
かつての雇い主のそんな姿を見ても、ギッドはいつものように冷静に言った。
「……〝わが主君〟直行さまが丸く収めてくれたので、結果的に私どもは全員無事でしたから。もはやわだかまりはありません」
実際に、2人の兄がどこまでフィンフの計画を知っていたのかは分からない。……分かったところで、俺たちは誰も咎めるつもりはない。
「フィンフについても、咎めるつもりはないんだ」
この沙汰は意外だったようで、一同は驚いているようだ。
俺としては、ディンドラッドを手駒にできた上に、フィンフとクロノ王国との接点を断ち切れたのだ。充分な戦果だ。
「直行さんが咎めようが咎めまいが、もう私はお終いですけどね……」
決して〝お気楽な三男さま〟ではなかったフィンフは、寂しげに笑った。
こうして俺たちは、フィンフの野望をくじき、ディンドラッド商会を傘下に収めた。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「直行さん♪ 6月20日はミントの日らしいですわね♪」
「おいエルマ、ミントを庭に植えるのはやめろよ! 脅威の繁殖力で他の草花も駆逐する。まさに『ミントテロ』だぞ」
「良いことを聞きましたわ♪」
「良いことじゃないよ。マジでやめろよ。ドクダミ、竹、シソ……庭に植えたら収拾がつかなくなる」
「全部まとめてクロノ王国に送りつけましょう♪」
「次回の更新は6月23日を予定しています。お楽しみに」




