45話・三つ巴の兆候
俺たちは10人前後の竜騎士たちに取り囲まれた。
その中から、白銀の鎧の女性が前に出てきた。
年のころは20歳くらいだろうか。
顔つきにはあどけなさが残り、聖龍法王庁の騎士にふさわしく、厳粛で生真面目な印象を受ける。
炎のような紅い髪は編み下ろしでまとめられていた。
ふんわり、華やかな風貌だが、眼光は鋭い。
「私は聖龍法王庁・神聖騎士団・天空隊所属・飛竜部隊を率いるリーザ・クリシュバルト子爵家の者です」
長い肩書だな……なんて思うのは、俺に社会人経験があまりないからだろうか。
態度は礼儀正しいが、表情が硬い。
周りの騎士たちも、俺たちのことをかなり警戒しているようだ。
「この辺りに野良の飛竜が出たという通報があった。見た者はいるか」
「……」
俺とエルマは、うっかり顔を見合わせてしまった。
「あ、う、お、おいらたちは……」
何か言いたそうにしているボンゴロの背中の肉を、エルマがつねって制した。
「何でもないお」
「……何だ?」
かえって怪しまれてしまった。
さて、どうしたものか……。
俺もこの世界の各勢力の相関関係、友好とか敵対とかを把握しているわけじゃないからな……。
たとえば、取引先の勇者自治区と、法王領の関係とか。
無難にやり過ごすのが一番なんだけど。
話をうまく切り返せないでいる俺に、知里がフォローに入ってくれた。
「法王庁・神聖騎士の皆さん、お疲れ様」
経験豊富な冒険者である知里が持つ独特な雰囲気が、張り詰めていた空気を和らげた。
「あたしは通りすがりの冒険者。彼が言いかけたように、こちらの行商人一行が、あろうことか野良の飛竜を連れた上級悪魔に襲われているところに居合わせたので、殲滅させてもらったわ」
武装した飛竜騎士と対峙しても、全く動じない。
素人の俺にも、彼女がただ者でないことが分かった。
「えっ……」
「上級悪魔……を、この人数で倒したですと?」
実際には、ほぼ知里1人でだけどな。
周りを取り囲んでいる騎士たちがざわつき始めた。
しかし紅い髪の隊長・リーザは取り乱さず、険しい表情でこちらを見ている。
知里は不敵な態度のまま、騎士団に向かってこう尋ねた。
「魔物は何者かに召喚されて〝威力偵察〟をしていたというところまでは把握したのだけど。この辺りに不審な召喚士の噂など、心当たりはないかしら?」
ひょっとして、自分の力を誇示しつつ、騎士団にカマをかけているのか?
「この女、〝頬杖〟じゃないか……?」
騎士の1人が、そうつぶやいた。
騎士団の半数くらいが、互いに顔を見合わせて首を傾げたり頷いたりしている。
「誰?」
紅い髪の隊長は、知らないようで、キョトンとしていた。
呆然とする彼女は、思ったよりも子供っぽい感じだ。
「……確か、知里という異世界人です。魔王討伐軍の元・選抜メンバーで〝頬杖の大天使〟の二つ名を持つ凄腕の冒険者です」
「知らない。が、異世界人か……」
「隊長はお若いから知らないのも無理はないと思いますが、6年前の討伐戦では、序盤から中盤にかけて勇者一行のエースだった人です」
「それだけの者が、このご時世に定職にもつかず冒険者をやっている……のか」
……!
俺とエルマはチラッと知里の顔色を確認しつつ、再び顔を見合わせてしまった。
知里は、小さく舌打ちをした。
「あたしが何者かなんて、あなたには関係ないでしょう」
「……」
「神聖騎士団の皆さん、魔物討伐ならあたしが済ませた。この場にはもう用はないと思うけど?」
「異界人が偉そうに……」
騎士の一人が、吐き捨てるように言った。
先ほどから何人かが、知里に対して侮辱するような独り言を言っている。
小声でほとんど聞き取れないけど、騎士らしくない態度だ。
そんな中、隊長のリーザが、俺を見て尋ねてきた。
「ところで、そちらの行商人とやら。失礼だが、異世界転移者か転生者か?」
……素性を明かしてよいものかどうか。
今日の俺はジャージではなく、こっちの世界の礼服を着ている。
飛竜との戦闘でボロボロだが、パッと見た感じ現地人に見えなくもない……とも思う。
しかし、とっさにファンタジー風のいい加減な名前を出したりして、ボロが出てもまずい。
「……」
俺は黙秘することにした。
一部の騎士は怒りをあらわにしたが、紅い髪のリーザが手を上げて鎮めた。
「……まぁいい。では、その馬車の積み荷を改めさせてもらえるかな? チラチラと見えるが、その箱はもしや魔王討伐戦の折、法王庁より贈られた救援物資のような気がしないでもないのでな」
検問か。
まずいな……。
その時、助け船を出してくれたのはまたしても知里だった。
「アンタたち、誰の権限でそうするつもり? ここは旧王都と勇者自治区との中間地点。法王庁の権限が及ぶ土地ではないのではなくて?」
知里はそう言って荷物の前に立ちふさがったが、騎士たちは聞く耳を持たず、馬車を取り囲んできた。
中には抜刀しているものもいる。
……どうすればいい。
俺は自分の判断を後悔していた。
あのとき隠すべきは怪我人ではなく、まさか馬車の方だったとは。
しかも、幌が飛ばされてしまった状態のままだ。
そもそもマナポーションの箱なんて、まったく注意していなかった。
「聖龍法王庁の権限において、積み荷を検分させてもらう! 抵抗すれば、法王の名において斬り捨てる」
紅い髪の号令の下、騎士たちはいっせいに荷物に迫った。
が、馬車に近づいた者たちはいきなり弾き飛ばされ、みな尻餅をついてしまった。
「一体、何が起こった?」
騎士たちは理由が分からず、周囲を見回している。
だが、俺にはすぐに分かった。
いつの間にか、小夜子が馬車の荷台の上で仁王立ちしていたのだ。
その大胆な巨乳ビキニ姿に、唖然とする騎士団員たち。
「詳しい事情は知らないけど、権威を笠に着て強権的に振る舞うのはどうかと思うわ! 斬り捨てるなんて乱暴な言葉をカンタンに使わないでよ!」
小夜子は啖呵を切った。
地面をカモフラージュした布の下でネンちゃんと治療に専念していたはずだが、いつの間に外へ出てきたのか。
「何だお前は、その格好!」
「ハレンチな!」
「神聖騎士団を侮辱する気か!」
血の気の多そうな騎士たちが、すぐに体勢を整えて斬りかかる。
しかし、小夜子の障壁は打ち破ることができずに、またも弾き飛ばされた。
「危ないわね! 殺人未遂じゃない!」
騎士団員たちの罵声(?)に頬を赤らめながらも、小夜子は瞳に力を込め、口をへの字に結び、ボリュームのある胸を揺らした。
唖然とする紅い髪の隊長と、生唾を飲み込む騎士団員たち。
しかし小夜子の周囲の障壁により、荷台には誰も近づけなくなっていた。
場違いなものを見た沈黙が、周囲を覆った。
と、そこに高らかな蹄の音が近づいてきた。
砂埃の中、馬に乗って颯爽と現れたのは盗賊スライシャー。
その後ろについてきたのは、まずいことに積み荷の取引相手である神田治いぶきだった。




