456話・とっておきの秘密
神田治いぶきを、対クロノ諜報部隊の総責任者に抜擢した。
もちろんこの人事は公にはできない。さらに言えば彼は勇者自治区からスパイ容疑で追われているため、俺が匿っていることがバレたらマズい。
「とりあえず彼にはしばらくロンレアに隠れてもらいつつ、クロノ王国への接触の機会を伺ってもらう」
〝他人の過去が読める〟という敵のネオ霍去病を欺くのは容易ではない。秘密が知られる前提で策を練らなければならない。
情報通ということであれば、ウチには侍従長で外交官も兼ねるキャメルがいるが、クロノ王国に囚われた経験を持つ。顔と所属先が割れているから、諜報員としてはリスクが大きすぎる。
そんなわけで、いぶきが適任だとは思う。もっとも、対クロノ王国への諜報ばかりに気を取られてもいけないのだが……。
◇ ◆ ◇
ところで、現在ロンレア領には、法王庁から特使が来ている。
ジュントスとリーザ。前者は気心の知れた友人だが、後者とは決闘裁判で殺し合い、俺が(厳密にはエルマだけど)媚薬入りの吹き矢を打ち込んで、公衆の面前で大恥をかかせた間柄だ。
両極端な関係ではあるものの、法王庁の特使として礼を尽くす相手としては変わりない。
できるだけ派手な宴席を用意させてもらおう。
「直行しゃま~。料理はお任せくだしゃ~い」
旧王都時代の俺たちが入り浸っていた、BAR異界風のマスターである、転生者ワドァベルト。
最近はエルマがタピオカミルクティーを飲むためだけに旧王都から呼び出して、ほぼロンレア領主の専属料理人にしている。
彼を中心に組んだシェフチームで、晩餐会の準備を進めることにする。
「ああ。宮廷料理クラスのを頼む」
「あいあいさ~でしゅ~」
ロンレア領と諸侯との外交は、主に書簡のやりとりによる。だが最近は、使者が来ることもなくはない。
常駐させているワドァベルトだが、これを機会にロンレア領の総料理長を任せるのもありかもしれない。
もっとも、旧王都にある彼の店『異界風』の経営もあるので、相談が必要だけど……。
こんなことを考えられるほど、俺は成り上がったのだ。
◇ ◆ ◇
晩餐会の前には、法王庁から遣わされたジュントス特使とわがロンレア領の要人による会談が設けられた。
なにやら〝とっておきの情報〟を持ってきたというので、それなりの場を形式的に設けたのだ。
特使とはいえ、気心の知れたジュントスなので、簡単なお茶会のようなものだが。
進行役は、先に述べた侍従長で外交官のキャメル。彼女は、エルマの父親の代からの従者で、奴隷だったレモリーとも分け隔てなく接してきた人だ。
「若旦那、あたしに任せてよネ」
メンバーは、俺とエルマと知里とレモリー、魚面という、いつもの面子に加えて、錬金術師のアンナと元冒険者のズッコケ三人組。
そして内政の責任者のギッドと、農政と住民のまとめ役のクバラ翁。
能力や役職はまちまちだが、彼らとは最高機密まで共有できる信頼関係にあると思っている。
護衛の聖騎士リーザには悪いが、この会合に参加させるわけにはいかなかった。
「さてジュントスさん♪ 〝とっておきの情報〟をお持ちいただいたにもかかわらず、殺人騒ぎでバタバタしてしまい、心苦しく思います♪」
軽いノリのエルマに促されて、ジュントスも軽やかに語る。
「左様ですな。本題に入りましょう。実は近々、勇者トシヒコどのとアニマ姫様が政略結婚されるのだそうです」
「……は?」
「ちなみにアニマ姫は、わがラー・スノール法王猊下と、クロノ王国のガルガ国王の、実の妹君ですぞ」
一同が一瞬で静まり返ってしまった。
「本当かよ」
この婚姻が意味するところは大きい。
お互いに仮想敵国であった勇者自治区とクロノ王国の政略結婚──。それはハッキリと敵対していた法王庁と勇者自治区の関係が軟化するということだ。
「わがロンレア領は孤立してしまいかねないな」
「孤立どころか、挟み撃ちにされてしまいますわ♪」
「勇者自治区と直行のところの同盟に亀裂を与える政略結婚ってことだね。ただ、ヒナがそれを認めるとは思えないけどね」
知里は「やれやれ」といった感じでつぶやいた。
「妨害しましょう♪ 直行さん」
相変わらずエルマは血の気が多いが、言うまでもなく問題外の下策だ。
つい昨日、勇者トシヒコ本人と揉めたばかりなのに、邪魔なんかしたら本格的に勇者との関係がこじれてしまう。
「ジュントス殿、よく知らせてくれた。この情報は今後のロンレア領にとって、貴重なものです」
勇者トシヒコとアニマ王女が政略結婚する。
「そうすると、間違いなく〝第二次ロンレア領侵攻〟が来るな……」
しかし裏を返せば、結婚式が終わるまで軍事行動は行わないとも読める。
この残された期間に、クロノ王国の戦力を調査した上で、さらにネオ霍去病の遠隔呪殺攻撃にも対処しなければならない。
俺は、集まった者たちにざっくりと今ある危機を伝えた。
「遠隔の呪殺とは厄介でごぜえやすな」
クバラ翁とギッドは顔を見合せる。
「転生者や異界人は呪殺しづらいようですが、ご用心ください」
「ネオ霍去病かッ。厄介な相手だなッ。対呪殺効果のあるスキル結晶も量産しようッ。ええいッ人手が足りないなッ」
ボサボサの髪をかきむしる錬金術師アンナ。
「そうだ、ジュントスさん。もう一つ気がかりなことがあります……」
アンナを見て思い出したのだが、勇者トシヒコが言っていてた謎の奇病。
感染すると、死ぬまで踊り狂うという悪夢のような病だそうだが、真相は謎に包まれている。
これを予防するために、勇者自治区は『理性+』のスキル結晶をウチに依頼してきた。
「法王庁の領土で謎の奇病『死の舞踏』が発生したらしいけど、それについて、ジュントスどのが知っていることを教えてください」
俺は、この秘密については、軽く考えていたのかもしれない。
ジュントスの顔がみるみる青ざめていく。
彼はとっさに、知里から自らをかばうように防御体勢を取った。
「心を読まないでください! これだけは秘密でお願いします!」
ジュントスの突然の変化とあまりの剣幕に、皆は驚いた。
「心配しないでジュンちゃん。心なんか読まないよ。読んだとしても口外しない。あたしは」
知里は優しく言ったが、ジュントスはまだおびえているようだ。
──そのとき。
「こんにちはー、直行おじさんと、じょうふのおばさん」
そんな重苦しい雰囲気を和ませた(?)のは、ノックとともに現れたハーフエルフの少女ネンちゃん。
部屋の入り口で、恥ずかしそうにうつむいている。
「カッパのおじさんと、赤い髪のリーザおねえさんをおもてなしする、ばんさんかいのじゅんびができました」
突然現れた年端もいかない少女に、さっきまで苦悩していたジュントスの顔色が、みるみる明るくなっていった。
……明るくなったのはいいんだけど、年端も行かない少女に邪な笑みを浮かべているのはどうかと思うが……。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「エルマちゃん。いつも甘いものばっかり食べてちゃ身体に毒だから、たまにはお魚も食べようよ!」
「小夜子さん。お魚は骨があるから嫌ですわ♪」
「仕方ないわねえ。小骨取ってあげるわ」
「楽チンですわね直行さん♪ スーパーで売ってる骨取りサバを思い出しますわ♪」
「コラッ! エルマよ。少しは自分で骨を外すことも覚えろよ」
「魚の骨取り♪ 海老の背ワタ♪ 取ってくれる人に感謝ですわ♪」
「……エルマが言うと何だか嫌な感じだが……」
「次回の更新は5月29日を予定しています『異世界の資本論』お楽しみに♪」




