450話・勇者VS鬼畜令嬢
そこに、突然割って入ったのはエルマだった。
「勇者様♪ この場はあたくしに預からせていただいてもよろしいでしょうか♪」
鵺の頭の上にちょこんと座り、トロッコを指さす。
「お嬢……巻き込まれると死ぬよ」
「危なイヨ!」
知里も魚面もあまりのことに驚いていた。
いま、俺たちは勇者トシヒコが放った重力を生み出す球体に、問答無用で吸い込まれようとしている。彼の目的は、裏切り者の神田治いぶきを捕らえるためで、俺たちにまで危害は加えないだろうが……。
知里でさえ対処しきれなかった大技を、エルマはどうしようというのか。
「知里さん、魔力を貸してください♪ そして直行さんは『逆流』を発現させてください♪」
俺たちはエルマに言われたとおりにした。
「うぐっ! ……お嬢、あたしの魔力を根こそぎ持っていく気?」
まずは知里から魔力吸収して、自身の最大値を増幅させる。ある種のエナジードレイン、あるいは魔力の借りパクのようなものだ。
「ちーちゃんからМPを借りて、どうしようってんだ鬼畜令嬢?」
トシヒコは、エルマの行動に興味をそそられたようだ。
その気になれば問答無用で俺たちを戦闘不能にできる彼だが、エルマを妨害することもなく「お手並み拝見」とばかりに見守っている。
「いきますわよ♪」
エルマが行ったのは、召喚術を応用した空間転移魔法。
「ほう、空間転移か!」
魔力でつくられた門を召喚し、対象を瞬間移動させる。奴はそれを応用して、トシヒコがつくった重力の場を打ち消してしまった。
「なるほど。鬼畜令嬢は面白い奴だな」
トシヒコはポケットに手を突っ込んで笑う。
エルマの行動で、場の空気が変わった。
「……このトロッコの中にいるのは、当家のお客人ですわ♪ いかに勇者さまといえども、あたくしには命がけで守る義務がございます♪」
「言ったな鬼畜令嬢。だが、ここは俺様の領地で、その中にいるのは裏切り者だ。……〝見逃すことはできない〟……と、食い下がったらどうする?」
トシヒコは慎重に言葉を選んだ。もう戦う気はなさそうに見えるが……。
「危害を加えるというなら、抗います♪ ねえ直行さん?」
「え? お、おう……」
いきなり話を振られて戸惑ってしまった俺だが、エルマの狙いは読めた。奴はあえて領主として名乗り、外交問題に論点をすり替えようとしている。
「いぶきは、トシヒコさんにとっては裏切り者でも、俺たちにとっては客人だ。勇者自治区との良好な関係のためにも、ここは見逃してほしい。もちろん、彼がおかしな動きをするようなら、こちらが拘束して勇者自治区に送還しよう」
「そうね。あたしが保証人になるよ」
そう言って、知里はゆっくりと魔法銃から手を離す。あえて隙をつくり、トシヒコを試しているようだ。
「なるほど、俺様がネズミ1匹仕留めるためには、S級冒険者に加えて主要取引先と敵対する必要がある……ってことか。しかし、そのスパイにそれほどの価値があるのかね? なぜ、奴にそこまで肩入れする?」
トシヒコは肩をすくめ、俺を見据えた。
「恩義……かな。しいて言えば」
「んなこた、ねェだろ。カネ出したのはヒナちゃんだぜ?」
確かにトシヒコの言う通りではある。
実際のところそこまで恩があるわけではない。お金を出したのは執政官ヒナ・メルトエヴァレンスだったし、いぶきは単なるキッカケに過ぎなかった。
しかし間違いなく、いぶきと出会わなかったら借金は返せなかった可能性が高い。
「それに、現代人の俺には知り合った人が目の前で殺されるのはキツイです……」
これは間違いなく本音だ。
「……情報漏洩は重罪だぜ?」
「……分かっています」
「ま、承知した。勇者自治区は、今後神田治いぶきについては関知しない。だか、忠告はしたぜ?」
トシヒコは頷き、トロッコを指さす。
「あばよいぶき。せいぜい色男と鬼畜令嬢に感謝するんだな」
そう言い残して、トシヒコは去っていった。
◇ ◆ ◇
「ふうぅぅぅ……」
俺たちは顔を見合せてため息をついた。
どっと疲れが出てしまったが、早いとこ勇者自治区のエリアから脱出しなければならない。
知里にしんがりを任せて、全速力で離脱する。
夜の湖は肌寒い風が吹いている。
しかし、中央湖を突っ切り、鵺はロンレア領を目指す。
「ありがとうございました! 直行さん、このご恩は!」
トロッコから頭を出したいぶきが叫んでいる。
しかし悠長に会話している余裕はない。
見逃してもらったとはいえ、どこにドローンの眼があるかもわからない。ああは言っても勇者トシヒコが心変わりしていぶきを暗殺しないとも限らないのだ。
それに帰ったら帰ったで、ロンレア側としてもいぶきの処遇を決めなければならない。
「悪いけどいぶきは信用できない。強制の魔法はかけさせてもらってるからね」
知里が俺の『逆流』を通じて、テレパシーを使った。
彼女はいぶきに対して容赦がない。
心が読めるからなのか、クロノ王国と通じていることが許せないのかは分からないけど、三重スパイともなれば、あらかじめ裏切りの芽を摘んでおくのは最善の一手だろう。
◇ ◆ ◇
夜の中央湖を4時間ほど飛んで、俺たちはようやくロンレア領に帰還した。
すでに夜が明けつつあった。鵺の背の上で、エルマは悠長に眠っている。
俺とレモリーと魚面は、1時間ごとに交代して鵺の手綱を取る。休みの者は知里の睡眠魔法で仮眠した。
知里は完全徹夜。
「さすがS級冒険者だな知里さん」
「まあね……と言いたいところだけど、徹夜はゲームで慣れてたからね」
彼女はそう言って苦笑した。
鵺はロンレア領上空を飛び、伯爵邸に降り立つ。
──これでひとまず休める。
そう思った俺だが、俺たちの屋敷にはギッドや自警団などが集まり、物々しい警備が敷かれていた。
「直行さま一大事です。牢に捕えていた鵺の〝猿〟が、何者かに殺されました」
ギッドから告げられたのは、思いもよらぬ出来事だった。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「小夜子です。胸が大きいと下着の値段が高いので苦労してました」
「ママの時代は、スポーツブラもバストキーパーもそこまで普及してなかったものね」
「お胸の累進課税みたいなものですわ♪ ねー♪ 知里さん?」
「まあね……って、あたしに同意を求めないでよ」
「知里は顔が可愛いからいいじゃない!」
「くっ……。次回の更新は5月15日ね」




