448話・勇者VS頬杖の大天使
「直行さーん♪ お迎えに上がりましたわ♪ 何をやらかしたのかは存じませんが、ズラかるときは派手にいきましょう♪」
あろうことかエルマは、鵺に乗って俺たちを追ってきた。彼女の後ろには、荷物を抱えた魚面の姿もある。
隠密行動で逃げようとしていた俺の作戦が台無しだ。
「エルマよ、なぜに鵺と…………まあいい」
こうなってしまったら仕方がない。
鵺を駆るエルマと合流した俺たちは、中央湖を突っ切ってロンレア領を目指す。
いぶきが隠れているトロッコは鵺に咥えてもらって、全速力でこの水域を抜けるしかない。
幸いというか、追っ手の中でホバーボードに乗っているのは2~3人ほど。後は船を出そうとしている最中だ。
知里は幻影魔法を使いながらホバーボードで周囲を飛び回り、追っ手を撹乱している。
この隙に、いまなら逃げられる。
「敵なら殺すヨ。嫌だけド我慢スル」
「魚面、そんな物騒なこと言うな。殺しちゃったら外交問題。俺たちオシマイだから手を出すなよ。レモリーも、そう心得てくれ」
「はい。承知しました」
血気にはやる魚面をなだめつつ、俺たちは鵺の背中に乗り移った。
トロッコに隠れたいぶきは、そのまま鵺に咥えていてもらう。
手綱に手を取り、振り落とされないように体に括りつけていたところで、エルマが声をかけてきた。
「直行さーん♪ しかし派手にやらかしましたわね♪ ヒナさんに夜這いでもかけたんですか?」
レモリーを横目で見ながら、奴はいい加減なことを言う。
「そんなわけあるか。いぶきと会っていたら秘密警察に追われた。それだけだ」
……本当に、それだけだ。しかし俺の選択が、ロンレア領の命運を分けるかもしれない。
「ああ意識高い系メガネの人。なに〝やらかした〟んだか知りませんが、そのまま警察に突き出せば、こんなことにならなかったのでは?」
エルマにド正論をかまされると、返す言葉もない。
「待テ! 誰か来ル!」
魚面の顔色が変わった。
と、次の瞬間には鵺の目の前に人影が浮いている。
その後ろには、魔法銃を構えた知里。
「……いいえ。……何が起こったのですか? こちらの方は……」
レモリーが驚いて俺を見た。
俺だって何が起こったか分からない。
ただ、目の前にいる人物は知っている。
勇者トシヒコ。ダークスーツを着崩して、飄々とした様子で宙に浮かんでいる。
「はじめまして別嬪さん。俺の名はトシヒコ。そこの色男に愛想が尽きたら、俺様が面倒を見てやるぜ」
彼はレモリーに向かって恭しく礼をする。
と、背中越しに銃を突きつける知里にも声をかけた。
「俺様の背後を取るとは、さすがちーちゃん。気配を殺して高速で近づいたのにバレバレかよ。オッパイは小さくても目ざといぜ」
「相変わらず、余計なことを言う男ね」
知里は不敵に笑って銃をホルスターに収める。
トシヒコは肩をすくめながら、エルマに視線を移した。
「こちらも〝はじめまして〟だな鬼畜令嬢。俺がトシヒコだ」
トシヒコは空中で貴族の礼をしてみせた。
「……あたくしの名はエルマ。エルマ・ベルトルティカ・バートリ。ロンレア伯の長女ですわ。現在ロンレア領主を任されております♪ 世界を救った勇者様とお会いできて光栄ですわ♪ 」
エルマも、鵺の背の上で貴族の礼で応える。
「……しっかしよォ、とんだ茶番だぜ鬼畜令嬢」
トシヒコは鵺や知里やトロッコなどを指さしながら、皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「……異界の召喚獣で派手に暴れたフリをして、俺様を引っ張り出そうと仕掛けたわけか」
「さあ、どうでしょう♪」
勇者トシヒコの問いに、エルマは笑みを浮かべたまま答えを濁した。
「まあいい。問題なのは色男、お前さんが連れてるスパイのことだ」
彼は鵺が咥えているトロッコに目をやり、少し険しい顔をした。
当然、トロッコの中にいぶきが隠れていることなどお見通しだろう。
「……トシヒコさん。あなたは、まだスパイだと確定していないにもかかわらず、いぶきの命を奪うつもりですか?」
俺は動じないように心を落ち着かせている。
「敵対する可能性のある国に対しての技術の流出は、安全保障上の脅威だからな」
「……いぶきは無実を訴えていましたが……」
厳密にいえば、完全無罪ではないけれど……。
少なくともいぶきの言い分からは、技術と人材の流出について、関わってはいなさそうではあった。
「……とっ捕まえて吐かせるつもりだったが……。さあ~て、どうすっかな~」
トシヒコは不敵に笑う。
いぶきの生殺与奪は、完全に握られてしまった。
この場を切り抜けるには、俺が機転を利かせるか、知里の戦闘力に頼るしかない。
「トシヒコさん。実は俺、彼にひと働きしてもらうつもりでいるのですが……」
「……はは~ん。てことはお前さん、あいつにクロノ王国の内部でも探らせるつもりだな? 二重ならぬ三重スパイってことか……」
この男は本当に呑み込みが早い。
「あたしも直行に賛成なんだ。クロノ王国の実情は、是が非でも知りたいから」
知里はもう一度ホルスターに手をかけ、不敵に笑った。
「ちーちゃんまで一緒だと、武力で脅すのは得策ではなさそうだなァ~」
勇者トシヒコVS知里。
この世界でも屈指の凄腕同士の対戦カードだ。魔王を倒したチームのリーダーと、S級冒険者として名を馳せる天才魔術師。
知里は頬に左手を当てて、右手は魔法銃を掴んでいる。
「…………」
勇者とS級冒険者は無言のまま見つめ合っている。
「ちーちゃんは……〝俺がいま何を考えている〟のか、わかるよな?」
「まあね」
トシヒコの挑発的な問いに、知里は笑って頷いた。
「あたしが隙を見せたら、〝重力操作〟でトロッコの中身ごと圧し潰すつもりね……」
「〝ニュータイプ〟的な奴とは戦りたくないねえ」
トシヒコと知里は、戦っている。
達人同士の戦いは、間合いの取り合い。
静かに対峙しているように見えるけど、俺には分からないところで、心の読み合いと主導権の取り合い、魔力の牽制し合い……。水面下では火花を散らしている。
最強とも謳われる両者の対決に、いぶきの命運は委ねられた。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「ママ、いつもありがとう。このカーネーションは、ヒナが育てました!」
「ありがとう。今日は母の日か……でも、素直に喜んであげられなくてゴメンね」
「分かってる。まさか17歳のときのママを召喚してしまうなんて、ヒナも予想外だったし」
「でもまあ、まさか自分がビキニアーマーを着て魔王を倒すなんて、夢にも思わなかったな」
「トシの奴がくだらないスキルなんかつけるから、ママに恥ずかしい思いをさせて!」
「恥ずかしいけど、そのおかげで皆の役に立てるし。そうだヒナちゃんも一度装備してみる?」
「いやです」
「次回の更新は5月11日を予定しています。『母娘ビキニアーマーの回』お楽しみに!」




