44話・重傷者の治療と新たな敵影
俺たちに気づいたエルマが、大きく手を振っていた。
街道から少しそれたところに馬車が止められている。
残った馬1頭も無事のようだ。
近くにはピラミッド型の結界が張られていた。
地面にブランケットのような布が敷かれ、負傷者2人が寝かされている。
「状況に変化はないかー?」
俺は大声で聞いた。
従者レモリーと、術者ネリーは無事か?
息はあるか?
「大丈夫ですわー。 急いでくださいませー」
エルマが声を張り上げた。
ホバーボードは高度を下げ、俺たちは地面に降りた。
現場に駆け寄る。
小夜子はネンちゃんを抱えたまま降りて、負傷者の中央にいる知里の方へ走っていった。
「お小夜、久しぶり……」
「知里も……元気だった?」
意外なことに、2人のやりとりは素っ気ないというか少しだけよそよそしい。
先ほどまで、小夜子が知里のことを快活に話していたのがウソのようだ。
その2人の間に、エルマが割って入った。
「そのハレンチな格好、あなたが噂に聞く小夜子さんですわね」
お嬢様は、初対面にもかかわらず失礼な物言いだ。
小夜子は苦笑しつつ会釈した。
「はじめまして! 八十島小夜子といいます」
「あたくしはロンレア伯の一人娘エルマ。従者レモリーが重症です。さあ、ただちに治療してくださいませ」
急かすエルマを横目に、小夜子は真剣なまなざしをネンちゃんに向けた。
それまでの快活でフレンドリーな様子からは想像できない緊張感があった。
「待って。まずは、重傷者から。段取りをちゃんとしないと取り返しがつかないわ」
「……分かりました」
さすがのエルマも、小夜子の真剣さに気圧されてしまったようだ。
「この男の人のあごを治すのが先よ。ネンちゃん、この魔晶石を使って限界以上の『治癒』をかけて」
小夜子は腰のポーチから紫色の宝石のようなアイテムを取り出した。
そしてネフェルフローレン=ネンちゃんに手渡そうとした。
しかしネンちゃんは固まったままだ。
「……どうしたの?」
「……このおじさん、とっても痛そう……」
ネンちゃんは泣きそうな顔。
下顎が吹き飛ぶほどのネリーの怪我に、ショックを受けたのだろうか。
「早く治してあげようね。ネンちゃんにならできるわ! わたしも一緒にがんばるから」
少女には刺激の強い光景だ。
周囲にはまだ血臭が漂い、焼け焦げた有機物などの残骸がある。
小夜子は震えるネンちゃんを抱きしめて、背中をさすった。
少女は泣きべそをかきながらも、魔晶石を手に取り、『治癒』の詠唱を始めた。
「『神聖なる奇蹟。この者の傷を癒したまえ』。お願いします、えい!」
甲高い音とともに砕け散る魔晶石。
淡い光に包まれたネリーのあごが、神聖魔法の奇跡の力で甦っていく。
失われた部分は再生し、傷口はみるみる塞がっていった。
「素晴らしい才能よ。ネンちゃん」
「……早く良くなってください」
小夜子はネンちゃんを何度も抱きしめている。
嬉しそうに照れ笑いを浮かべる少女は、子猫のように身をすり寄せて甘えた。
「……」
その様子を、寂しそうな表情で知里が見ていた。
俺は、少し遠慮がちに彼女のそばへ行った。
「知里さん、ありがとう」
「何が?」
「貴女が来てくれなかったら、俺たちは全滅していた」
「いくつかの偶然が重なっただけよ」
「偶然?」
「アンタ冒険者ギルドで紹介料5000ゼニル払ったでしょ。あたしがもう少し早く到着できていたら、けが人は出なかったのかもしれないけど……」
「それでも、助かった。ありがとう」
「……」
実際、知里がいなければ詰んでいた。
そう考えるとゾッとする。
「さあ、今度はあっちのお姉ちゃんを治してあげようね」
「はーい」
小夜子とネンちゃんは、横向きに寝かされているレモリーの治療へ向かった。
そこへ、エルマが遮るようにマナポーションを差し出した。
「MP減ってたら飲んでください。失敗しては元も子もありませんからね」
「ありがとう。ネンちゃん、お言葉に甘えて飲んでおこう」
ネンちゃんは頷き、化粧品ラベルのついたマナポーションを飲み干した。
そしてレモリーの治療を開始した。
「マナポーションが売るほどあるのが幸いでしたわね」
エルマは、俺の方を見て肩をすくめた。
「けっこう商品には手を付けてしまったけどな」
「命あっての物種ですから。取引先にはうまく言っておいてくださいね♪」
その時だ。
旧王都方面から、黒い雲のような何かが近づいてくるのが見えた。
どうやら、編隊を組んだ飛竜の群れのようだ。
先ほどまで、俺たちを全滅寸前まで追い詰めた存在が、複数で迫っている。
「あれは、聖龍法王庁の神聖騎士団! 飛竜部隊!」
知里が叫び、警戒感を露にした。
目を凝らすと、飛竜には人間が騎乗している。
先ほど強襲してきた飛竜とは違い、人も飛竜もみな兜をかぶっていた。
前列の隊は長槍を構え、後列の者は大きな旗をはためかせている。
銀地に金糸で聖龍をかたどった、宗教的な旗だった。
「騒ぎを聞きつけてやってきたのでしょう。敵ではないはずです。抵抗したらまずいですよ」
誰にともなく、エルマが言った。
知里は少し困ったように眉をひそめながら、近づいてくる飛竜騎士たちを数えている。
「ここからだと誰が何を考えているのか正確には分からないけど、彼らは積み荷に用があって、人を探しているみたい。こちらに敵意は感じないけど、どうしたものか……」
飛竜騎士たちは俺たちの遥か頭上で、輪を描くように旋回しはじめた。
俺は頭をフル回転させて、やるべきことを考えた。
戦うのは最終手段だとして、優先順位は積み荷を守ること。
いや、けが人の治療が先だ。
確か、エルマが『複製』スキルで地面をコピーした布があるはず。
──あった。
俺は気づかれないよう慎重に足を運び、それを、拾う。
そのまま、さりげなく治療中のレモリーとネリー、そしてネンちゃんの上にかぶせて姿を隠した。
「念のため、この中に隠れて治療を続けてくれ」
「ネンちゃんを危ない目に遭わせないためだからね。怖いけどがんばろう」
小夜子が俺の意図を汲んで、フォローしてくれた。
気休めかもしれないけど、念のため。
後は奴らの狙いが何であれ、うまくごまかすしかない……。
エルマは緊張した面持ちで、髪の毛を束ねている。
そして落ちていたキャスケット帽をかぶり、ポケットから眼鏡を取り出して少年に変装した。
知里は鋭い視線で上空をうかがっている。
飛竜の数は12体。
騎乗する騎士たちも同数だ。
旋回していた騎士たちは、やがてゆっくりと降りてきた。
気がつくと、俺たちは何となく取り囲まれていた。




