446話・夜間飛行の逃走劇
「ヒナちゃんさん。ホテルの外線でレモリーを呼んでつないでほしい。それと、小夜子さんがいるなら電話代われる?」
緊急用の通信手段で、俺はヒナ・メルトエヴァレンスに連絡し、用件を伝えた。
勇者トシヒコの秘密警察に追われているため、一刻の猶予もない。
「もしもし、直行くん?」
「小夜子さん。いぶきがマズいことになった。命にかかわる」
「……何となく電話の内容は承知しているわ。わたしに手伝えることがあるなら言って」
「荷物の回収と買ったものをロンレア領に運んでほしい。急ぎでなくてもいい」
「……それだけでいいの?」
……正直に言えば、彼女にも手を貸してもらいたかったが、苦楽を共にした元・勇者パーティ内で対立するような案件にさせたくはない。
逃げるのは、勇者とは関係のない俺たちだけでいい。
「もしもし、直行くん。ヒナです。いまホテルに電話をつないだ。いったん切って、回線をつなぎ直してもらうから、あとはお願いね。くれぐれも無茶はしないように」
「ありがとうヒナちゃんさん。この埋め合わせは必ず……」
ひとまず、ヒナとの関係性は維持できた……と、思いたい。
問題は勇者と秘密警察だが、こればかりはどう出るかは未知数だ。
「直行。秘密警察が嗅ぎまわっている。なるべく急いで」
「分かった」
周囲を警戒していた知里が、声をかけてくれた。
俺はうなずき、急いでもう一度緊急連絡用の通信機を鳴らした。
ホテルの外線電話を利用し、レモリーを呼びだす。
「はい。直行さま?」
「レモリー! 大至急でロンレアに帰らなきゃマズい事態だ。エルマは?」
「いいえ。すでにお休みになられています」
「すぐに起こして、ホテルを出てくれ。俺たちは追手に追われているから、まずは支度を済ませてくれ。合流はできなくてもいい。エルマを人質に取られないように守ってくれ」
「はい。風と光の精霊で、直行さまを探しつつ、連絡が取れないようならば、無理をせず脱出します」
理由を聞かないところは、さすがレモリー。
これで、ひとまず逃走準備が整った。
「さて知里さん。どう切り抜ける?」
「相手はステータス異常防止のアイテムを装備してる。しかも敵意感知への対策もしている。強さ的には大したことないから、強行突破は可能だけど……」
知里は表情を曇らせた。
彼女の魔力で強行突破しようとすれば、死傷者が出る。闇魔法を覚えてからの彼女は、制御に苦労しているようだからそれは避けたい。
「鵺の蛇がやった透明化は?」
「あれは効果範囲が単体だから、2人を巻き込んだ透明化は無理ね」
「なら、幻術は?」
俺はそう提案してみた。
〝鵺〟がやったような、幻術。彼らはパーティ会場を見世物小屋に作り替えたが、知里には幻術で俺たちを周囲の風景と同化させる。
「幻影魔法でCGみたいに……か」
「時代劇のロケで電柱を消すような感じで」
「人は電柱と違って動くから難易度は高いけど、その手は〝あり〟だね」
知里は俺の意見を聞いて、嬉しそうに笑った。
根っからの冒険者なんだろう。危機を切り抜けることを、心の底から楽しんでいるようだ。
「ホバーボードに3人乗って、夜の闇に同化しながら港まで飛ぼう」
知里がホバーボードに乗り、幻影魔法を唱えた。
周辺の闇と俺たちは同化したように見える。ちょうど画像とか映像編集で加工したような感じだ。
「いぶき。秘密警察を見かけても敵意を抱かないように」
「はい」
知里は幻影魔法を現出させたまま、ゆっくりとホバーボードを浮上させる。それに合わせて、俺といぶきは両端にしがみついて一緒に飛ぶ。
ずっと前に小夜子さんとネンちゃんとやった3人乗りを、もう一度やるとは夢にも思わなかった。
あの時は小夜子の腋が気になって仕方がなかったが、今回は知里の足とミニスカートだ。
「……直行は本当にスケベね。あたしのは見せパンだけど、覗いたら落とすからね」
奇妙な既視感にとらわれながら、俺たちの隠密逃走劇は続いた。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「今日は端午の節句、こどもの日ねー。直行くんは子供のころ、どんなお祝いしてもらった?」
「ミニ鯉のぼりに菖蒲湯。柏餅なんかを食べたな」
「いいわねー! 五月人形も飾った? 兜は誰のモデルだった?」
「ウチはそこまで裕福じゃなかったから、折り紙で兜を作ったな」
「わたしの家もそうよ! 弟たちに兜つくってあげたり。ちまきを食べさせたり。でも鯉のぼりはあまり風になびかないのよね」
「鯉のぼりが横に泳ぐには、風速5メートル以上の風が必要ですわ♪」
「けっこうな強風だよな。まあ俺の人生は常に逆風だけど」
「次回の更新は、5月7日を予定していますわ♪」
「直行くん成り上がったんだから良いじゃない! 元気出して! ガンバ!」




