440話・グレン・メルトエヴァレンス通りにて
グレン・メルトエヴァレンス通り。
メインストリートから外れた裏路地は、そう名付けられていた。銀製の渋いプレートが掲げられていて、その通りだけハードボイルドな装いだ。
すれ違う通行人たちも、よれよれのダークスーツやスパンコールのドレスなどをまとった、クセの強そうな男女。何かを警戒するように足早に通り過ぎていく。
まるでギャング映画の中に紛れ込んだような街並みに、いわくありそうな男女。
用心棒の知里がいなかったら、ビビッてしまいそうな雰囲気だ。
「……あんたらどこのシマの者だ?」
いつの間にか俺たちの両脇に、刺繍の入ったジャージ姿の男2人が並行して「お約束なセリフ」で声をかけてきた。
サンダル履きで、腰をかがめた歩き方といい、いかにも反社会的な連中だ。
「ただの冒険者よ。依頼を受けてここに来た」
「……念のためどこに用があンのか聞いてもいいかい?」
「BAR〝.357〟で人と会う」
「……そうか。あんたらただ者じゃねえな。邪魔したな」
そう言い残すと2人組は去っていった。
「グレン・メルトエヴァレンス通りって……。ヒナちゃんさんの関係者の名を冠してるのに物騒なとこだな……」
「そうだね。……団長の名が泣いてる。いや、泣いてはいないか」
「なんだそりゃ?」
「ヒナだけじゃない。グレン団長は魔王討伐軍の最重要人物だったんだ」
クールな知里が微笑交じりに目を細めた。
グレン・メルトエヴァレンス……。その名前は俺も何度か聞いたことがある。
異世界で一人ぼっちだったヒナと小夜子を保護してくれた旅芸人の座長だという。
〝鵺〟戦で知里や小夜子やヒナが「グレン流」叫んでいた。英雄たちの必殺技の名前になるような男。
どれほどの人物だったのか。知里は、彼をどう評価していたのか?
……こんなことを思っていると、心を読んだ知里が教えてくれた。
「グレン団長は口は悪いけど人格者でね。討伐軍主力組の誰もが心の底から尊敬してた」
「ほう」
「すぐれた戦術家でもあり、あたしたちを鍛え上げた鬼教官であり、戦場に物資を円滑に届けた兵站の責任者でもあった」
……あの知里にここまで言わせる人物。
魔王討伐軍の戦術指南と兵站の責任者。素人同然だったヒナや小夜子たちを、一騎当千の超人に育て上げた人物だという。
「……彼が生きてたら、あたしも討伐軍を辞めなかったでしょうし。こんな風にトシヒコたちがこの世界をやりたいように作り変えることもなかったでしょう」
そうなのか……。俺は少し驚いた。
「〝全く……。あのガキどもが好き勝手にやりやがって……〟なんてね」
そんなことを言って、肩をすくめる知里。
……しかし、わざわざこんな薄暗くて物騒なエリアに討伐軍の最重要人物の名前、しかもメルトエヴァレンスの名前をつけるのかよく分からない。
「彼に会ったことがある人なら納得するよ。『やかましい大通りに俺の名前なんざつけるんじゃあねえ』なんて言いそうな人だもの」
知里が渋い男性の声真似なんて意外だが……。
言葉の端々から、彼に対する尊敬の念を感じる。
「ヒナちゃんさんと同じ苗字ということは……親族なのか?」
詮索は好きじゃないけど、ヒナもグレンも歴史上の人物のようなものだからな……。
ましてや俺にとっては主要取引先でもあるし。
「ううん。旅芸人時代から一緒だったと思うけど。たぶん勝手に養子を名乗ってるんだと思う。クロノ王国から一代侯爵を授かる際に。あの娘もだいぶこじらせてるからね……。後は本人から聞いてちょうだい」
そう言って知里はジャケットのポケットに手を突っ込んで口笛を吹いた。
夜に口笛を吹くと蛇が出るって言うけどな……。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか?」
知里が不敵に笑い、足を止めた。
BAR〝.357〟は、入り組んだ路地の奥にひっそりとした佇まいの店だった。鉄格子のついた重いドアを開けると、赤っぽい店内。整然とバックバーに並ぶ酒瓶。
「いらっしゃいませ」
店内はカウンターのみで、常連客と思われる紳士淑女が数名。
色とりどりのカクテルを手に、大人の社交を楽しんでいるようだ。
俺たちはいぶきを探すが、客の中にはいない。
「冒険者の酒場や異界風とはだいぶ違うね。緊張しちゃうね」
「オーセンティックバーっていうんだっけ」
「分かんないよ。あたし13歳でこっちに来てるし、元の世界の酒場なんか知らないもん」
知里は少し子供っぽく口を尖らせた。
まあ、俺も元の世界では居酒屋がせいぜいで、本格的なBARなんて足を踏み入れたこともない。2人とも緊張しながら、細面で精悍な面構えのバーテンダーに会釈をする。
「……N様とお連れのC様で、ございまいすね。こちらにどうぞ」
イニシャルで人を呼ぶとは物々しい。合言葉のつもりなのだろうか……。
俺たちはバーテンダーに案内されるままに、バックヤードから従業員用の出入り口に通された。
そこには、少しやつれたいぶきの姿があった。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「直行さん♪ 4月22日は〝良い夫婦の日〟ですってよ♪」
「あれ? 11月22日じゃなかったっけ」
「それは〝いい夫婦の日〟ですわ♪」
「まあ俺たちは世間的には〝悪い夫婦〟だけどな」
「そんなことありませんわ♪」
「次回の更新は4月24日を予定しています」




