439話・センチメンタル☆ラーメン物語
「あの……。大変失礼ですが魔王討伐軍の小夜子さまでいらっしゃいますか?」
「ええ。どこかでお会いしたかしら?」
店主は勢いよく、これでもかと湯切りをしながら尋ねてきた。
少し照れたように頷く小夜子。
「……あの、自分は13歳の時に討伐軍に志願しました。ただ、子供だったので内地の兵站補助員に編入されるはず……だったのですが、なぜか魔王領の前線基地に配属されまして……」
他の客の対応を、金髪あご髭の若い衆に一任した銀河は、突然自分語りをはじめた。
あまりにも唐突なので俺たちは驚いてしまった。
「まあ、その外見だと最前線に送りたくなるっすよね。つか大将、ひょっとしてウチらより年下っすか」
魔王討伐が6年前だから、銀河は19歳なのか……。
しかし、もうひとつ気になることがある。
前に聞いた話と少し違うからだ。
「確か、大将は魔王討伐軍にはいなかったと言っていたが……」
「ええ……。ろくに戦えない自分は、足手まといで仲間からも罵声を浴びる毎日で……脱走しました。飲料水もろくにない状態で強い魔物の住む地からの帰還は、危機また危機の大冒険でした」
銀河天国の大将は涙ぐんでいた。
──ポエムと言い、見かけによらず繊細な奴かも知れない。
「脱走兵じゃ捕まったら死刑ですわね♪」
「……はい。ですが、そうした中で小夜子様は自分を助けてくれました。『わたしが後方支援を命じたのよ!』と……。あなた様がいなければ、おそらく自分は処刑されていたでしょう」
店主は涙ぐみながら小夜子をほめたたえた。彼女は照れ臭そうに頭をかいている。
「まあトシちゃんは処刑なんてしないと思うけど」
「しかし助かったのは小夜子様のお陰です。あなたさまが後方支援を命じてくれなければ、自分は脱走兵でした。うおおお! うおおおお小夜子さまあ!」
俺とエルマはどうしたらいいか分からずにポカンとしている。
レモリーと魚面はお冷のお代わりを飲んでいた。
「あたしが抜けた後の話か……。それにしても人の命を助けたことさえ、ケロッと忘れるなんてお小夜らしいわね。でも人に気安くお金貸すのはやめなよ」
キョトンとしていて応えない小夜子に、知里が言った。
「……あのときは無我夢中だったから、よく覚えていないの。ごめんなさい……」
小夜子は申し訳なさそうに言ったが、銀河の大将は笑顔で返した。
「後方支援に回された自分は、いっしょうけんめい料理したんすよ! 討伐軍のみなさんのために。戦いはできませんが料理で皆さんに貢献したかった。そんな自分は、戦後念願のラーメン屋さんを開いたんです!」
〝ラーメン屋さん〟って、自分で言うなよ……。
……それにしても、だ。
6年前の魔王討伐時代に13歳だということは、銀河の大将は19歳ということになる。知里や小夜子よりもほんの少し年下でしかない。
外見はどう見ても30代後半から40代に見える……が。
「お代はいりません。ぜひ食べてください。銀河☆スペシャル超ニンニクマシマシ! あ、そちらのお嬢さんは麺やわらかめでしたよね」
「よく覚えていましたわね♪ さすが大将♪ 少なめの超やわらか麺でおねがいしますわ♪」
「あ、俺たちは麺普通で……」
「っしゃらァアア!!」
大将は素晴らしい手際で、人数分の麺を茹でていく。エルマのやわらか麺好きはどうかと思うが、好みなので何も言うまい。
「でもこれから人と会うのにニンニクマシマシはやばいんじゃないか?」
「そうね。大将、ご好意はありがたいけど、あたしたちは通常のをお願いするわ」
少なくとも俺と知里はこのあと、いぶきとの秘密会談がある。
「すまない大将。ニンニクはちょっと困るんだ」
「いえ。帰りに浄化魔法をかけさせていただくんで大丈夫ですよ。自分、勇者トシヒコ様に『汗っかき』を『水魔法得意』に変えてもらってから魔法を覚えたんですよ」
ニンニクを断った俺たちに、食い下がる大将。この独善的な感じが、いい意味でも悪い意味でもまさに個人でやってる飲食店らしい。
この大将……。
どう見ても重戦士の外見ながら、店主は浄化魔法が使えるのか。
この世界の浄化魔法は反則級だ。異界人たちが持ち込んだ衛生観念とすこぶる相性がよく、いたるところに応用されている。
俺も二日酔いの時などはよくかけてもらっている。
「どうする? 知里さん」
「そうね。ラーメンなんてこちらに来て初めてだし。食べるか……」
俺たちはカウンターに並び、大将のスペシャルラーメンを食った。
ほぼニンニクの味しかしなかったが、豚骨スープは自慢だそうだ。
「お小夜はコレ系のラーメン知らないでしょう?」
「そうねー。わたしの知ってる中華そばと違うわねー。すごいニンニク」
「はい。ニンニクは滋養と強壮と魔よけの食べ物ですが、これは過激な食べ物ですね」
「見かけほど味が濃イわけジャないんだナ……」
異世界に呼び出されて借金返済、決闘裁判、領地運営と、領土防衛……。
仲間たちと共に成り上がって食べたのが、ニンニクラーメン。
エルマとレモリーと魚面と小夜子と知里。そしてヤンキーっぽいアイカ。
タイプの違う女たちを連れて、一見ハーレムのような(実際はほぼ引率の教員だが)商業施設観光と爆買い。そしてラーメン……。
「しみじみとラーメンを見つめて♪ どうかしましたか直行さん♪」
「……エルマよ。はるばる来たな」
「ええ♪ まだ難題は山積みですが♪ ゴールが見えてきましたわね♪」
俺とエルマはそれだけ言葉を交わして、刺激的なラーメンを食した。
「ラーメンって、こんな食べ物だったのか。ほとんど忘れちゃったから、懐かしさもないや」
「わたしはまだ少し懐かしいな。部活のみんなとよく食べたっけ……」
現代日本から来た知里と小夜子も、それぞれの思いを語る。
何となくセンチメンタルな時間を過ごした。
◇ ◆ ◇
その後、店主の浄化魔法によりニンニクの臭いを消した俺たちは、三手に分かれて別行動を取った。
エルマはレモリーと共にホテルに戻り、買った物の仕分け作業を行う。
アイカと小夜子、魚面はカラオケに向かった。
「直行。約束の時間だ。いぶきと接触してみよう」
俺は知里と共にメインストリートから離れたグレン・メルトエヴァレンス通りへ向かった。
いぶきと待ち合わせのBAR〝.357〟は地下にあるらしい。
約束の時間は23時……。
次回予告
「直行です。髪をカットするとき平日だと『今日はお仕事お休みなんですか~?』って聞かれて困ります」
「アフィリエイターって言えばいいじゃないですか?」
「いや、地方だとフリーランスとか名乗りにくいし。かといって『無職です』って答えると、微妙な空気でカットしてもらうことになるので気まずいし……」
「あたしは美容師さんとは話したくないタイプだからいいけどね」
「次回の更新は4月22日を予定しています」




