437話・アイカのおもてなし
「偏差値28の人が♪ あたくしたちに何のご用ですか?」
「……さすが鬼畜令嬢。のっけからキツイっスね。ウチは偏差値38なんすけど。そんで勇者トシヒコさまの使いっす」
エルマに煽られたアイカは、苦笑いしながら言った。
「アイカさん。エルマの非礼を許してくれ」
「私からもお詫び申し上げます。大変失礼いたしました」
「いいっすよ。事実なんで。直行クンもレモリーちゃんも謝んないでいいっすよー」
アイカは爽やかに笑って流してくれた。
──彼女は賢者ヒナ・メルトエヴァレンスに間違えて召喚された元ヤンキーだという。
同姓同名の女性官僚と間違われ、落胆したヒナに唾を吐きかけ殴りかかるも返り討ちにあい、全裸キャットファイトの末に全裸土下座を一時間も強要されて全裸ヒナに忠誠を誓ったという経歴の持ち主だ。
女賢者と全裸で殴り合って、ボコボコにされて以降は忠誠を誓い、側近として重用されるまでになった。
「アイカちゃん! やっほー」
「小夜子さま! や、やっほーっ。こないだはカラオケあざーす。オールで付き合わせちゃってお疲れ様でしたー」
「わたしも楽しかったわ。おかげで元気ハツラツよー」
アイカと小夜子はハグを交わす。
そういえばヒナちゃんさんたちとカラオケに行った話をしていたが、すっかり仲良しのようだ。
「小夜子さま。こちらの方は?」
「あー、この娘は知里。トシちゃんたちの大切な仲間で、わたしの大親友」
「うおお! あなたがあの……」
「零乃瀬です。追放されたんで元・勇者一行だけどね……。お小夜、〝親友〟と言ってくれてありがとう」
知里は 少し照れ臭そうに言った。
アイカと知里の会話はそれっきり途絶えて、話題は続かなかった。
「えーっと、そっちのお姉さんは初めましてっすよね?」
アイカは魚面に気を留めた。すかさず小夜子が紹介モードに入る。
会ったばかりなのに、阿吽の呼吸で紹介しあえるのは世代が違っても社交的な人間特有の特技のようなものだ。
「この人は魚ちゃん。いい娘だからアイカちゃん仲良くしてあげてねー」
「やア。ワタシは魚面デス。殺し屋デシタけど更生しまシタ。モウ人殺しは卒業したのでヨロシク」
「……う、うん。人殺しはヤベーっすね。よろしくっす」
さすがの元ヤンキーのアイカもガチ元殺し屋には緊張を隠せないようだ。
◇ ◆ ◇
「勇者ともあろうお方がドタキャンですか♪ 無礼な♪」
「サーセンっす鬼畜令嬢。マジサーセンっす」
アイカが平謝り? で伝えに来た。
アエミリアでの会合はトシヒコ側の急用でキャンセル。
クロノ王国の要人との会談が長引いて夕食会も兼ねるらしい。詳細は気になるところだけど、外交上のことでもあるのでうかつには聞けない。
まあ何にせよ、勇者トシヒコたちに会えないのは想定内だ。
「エルマよ。アポなしできたんだから仕方ない」
トシヒコもヒナも、電話では夕食の時間を調整してくれたのだが、難しいとのことだった。
「じゃあヒナさんにも会う必要はありませんわね♪ 買い物も済ませたしもう帰りましょう♪」
エルマは口では怒っているけど、内心はホッとしている様子だ。奴にとってヒナちゃんは可能ならば避けたい相手──。
成長した姿を見せてやるなんて息巻いていても、いざとなるとビビるのが実にエルマらしい。
「一つ聞いていい? ハイビスカスのお姐さん。クロノは誰が来てるの? 〝七福人〟の誰か?」
「パッツンのお姉さん。視線が怖いっす。〝七福人〟じゃないっすよ」
知里がアイカの方の刺青を目でやって、静かに尋ねた。
一般的にはアイカの方がコワモテに見えるが、知里の異様な迫力に彼女は震えあがっている。
「知里。アイカちゃんはもうツッパリじゃないんだから! あいさつ代わりにメンチ切るの止めなよ!」
「お小夜。あたしだってヤンキーじゃないから」
小夜子が間に入り、知里を諫める。
アイカはホッとした様子だった。
「〝七福人〟じゃなくて、穏健派の財務官僚っす」
「穏健派って言うのは、七福人とは良好な関係……?」
「クロノ王国は親政派の〝七福人〟と騎士団と、先代からの旧臣からなる穏健派に分かれてるみたいっす。ヒナさまからは口止めされてますけど、両者はめっちゃ仲悪いっす」
意外なところ……と言ったらアイカに失礼だが、かなり重要な情報が手に入った。
「……アイカ。いろいろ話してくれてありがと」
「……いっすよ。パッツンのお姉さん気合が半端ないんで言ったっす。ウチ半端ない気合の人マジリスペクトしてんで」
知里とアイカの間に、打ち解けた空気が流れた。
俺にはまったくよく分からない世界の交流だった。知里は陰キャではあってもヤンキーではないと思うのだが、気合の入った強者なのだろう。
ヤンキーは気合いの入った奴には一目置くということか。
「さてさて小夜子さま、みなさん! 前置きが長くなりました。改めて勇者自治区へようこそっす。ヒナさまからくれぐれも言われてるんで、ウチがおもてなしをさてもらいます!」
「いこーいこー! レッツラゴー」
アイカの案内で、俺たちは夜の街へと繰り出す。ノリのいい小夜子は、知里やレモリーや魚面たちの背中を押して練り歩く。
その後ろを、俺とエルマはぽつぽつと歩いた。
「直行さんもお魚先生や皆さんとはしゃげばいいのに♪」
「俺は引率の先生みたいなものだからなぁ……」
正直みんなとはしゃぎまわるよりは、後ろからついていく方が性に合っている。
エルマを孤立させるのも気の毒だという思いもある。
次回予告・
本編とは全く関係ありません。
「春は天候が不安定ですわね♪ 皆様も体調を崩さぬよう、用心して下さいませ♪」
「ん? 何だエルマ、珍しいなお前がマトモなこと言うなんて」
「あたくしはいつだって常識人じゃないですか♪」
「常識人は非常時に闘犬なんかやらない」
「直行さん、あんまりじゃないですか! あたくしだってたまにはちゃんとしたこと言いたいんですわよ♪」
「次回の更新は4月17日を予定しています『女たちの銀河天国物語』お楽しみに」
「え? またラーメン回ですか?」




