430話・恥知らずと鬼畜令嬢
クロノ王国正規軍3000人による侵攻に対して一人の犠牲者も出さずに勝利したロンレア領。
それまで地方の一貴族だったにもかかわらず、その大金星によって鬼畜令嬢エルマと領主代行の異界人〝九重 直行〟の噂は、瞬く間に世に知れ渡った。
「異界から来た〝直行〟という遊び人が、裸の女だけの軍隊を率いて敵将を打ち取ったらしい」
「なんと――裸の女の軍隊とな?」
「オイ生唾のみ込んだって、そんなイイもんじゃないぞ。その裸女軍団の主力は、小夜子っていう女狂戦士なんだ」
「狂戦士……というと?」
「ああ。その女は元・魔王討伐軍の主力ながら、刀を振り回し、乳や肌をあらわにして暴れ回る姿があまりにも破廉恥だったために爵位も与えられず、勇者自治区からも追い出された鼻つまみ者らしい」
「そんなみっともない女を利用して勝ったのか! 恥を知らぬのか」
「ああ、まさに〝恥知らず〟よ。しかもだ。信じられないことにその戦の最中、直行の妻であるエルマ伯爵令嬢は闘犬大会を開催し、貧しい領民たちから小銭を巻き上げていたという」
戦場を見た者がいないため、ここまでは事実とはだいぶ異なるものの、けして間違いではない。しかし……。
次のような事実とは異なる根も葉もない悪評までも広まっていった。
「さらにさらに! 直行はクロノ王国から和解金として女奴隷1000人を要求し、全員をあっという間に凌辱した!!」
「七福人のひとり〝スーパーマハーカーラ〟を公開処刑し、その生首を街道にさらした!!」
「亡命を泣いて請うた王家御用達商人たちの首を次々と刎ねた!!」
これらは全くの事実無根。完全に情報相ネオ霍去病による情報工作だった。
「あっという間に1000人も凌辱できるヤツなんかどこにいる。常識で考えろよ」
さすがに直行もあきれ果て、嘘の情報に関しては諸侯に宛ててこまめに手紙を書き、〝情報戦に長けたネオ霍去病による工作がなされている〟と念を押した。
けれども人の口には戸が立てられない。
「直行って領主は、そんなにひどい奴なのかい?」
少しの事実と根も葉もない噂がいい具合に混ざり合い、本人たちの実像からやや外れた虚構の〝直行とエルマ〟像が形成されていく。
「ロンレア領主の異界人は、賢者ヒナ・メルトエヴァレンス最愛の母親を人質にした挙句、手籠めにしたらしい」
「なんと……母親とやったのか?!」
「さらに暗殺者組織〝鵺〟を傘下に収めたそうだ」
「あの泣く子も黙る鵺を!」
「そしてあの〝ディンドラッド商会〟に宣戦布告をしたらしい」
「ディンドラッドというと……旧王都の貴族たちの金を取り仕切っている経済界のボスだな」
「しかもしかも! 重大窃盗犯で賞金首のネコチをかくまっている!」
「……まて。ネコチって誰だ」
こうしてロンレア領夫妻には今後、〝恥知らず直行と鬼畜令嬢エルマ〟という二つ名がついて回ることになった。
「恥知らずと鬼畜令嬢。ああ世も末だ……」
直行本人は頭を抱えたが、旧王都や各諸侯の領地では、直行とエルマの話題が上がらないときはなかった。
「そもそも直行って異界人は一体何者だ? どこから降ってわいた?」
「元はマナポーションの行商人だったそうだ。で、幼い伯爵令嬢をたぶらかして伯爵家を乗っ取り、ロンレア卿夫妻を旧王都に軟禁してる。それだけでなく、女殺し屋と別嬪のメイドを情婦にしたとか、悪い噂しかないペテン師だ」
「ロンレア伯の領土を実効支配した挙句、ディンドラッド商会を武力で威嚇して従業員を抱き込んだ剛腕でもある」
「クロノ王国に対して、女だけで戦闘員を構成して色仕掛けで敵将を打ち取った奸計の策謀家」
悪評が広まるその一方──。
クロノ王国・ガルガの親政により領地を召し上げられると脅されている近隣の領主たちにとっては、ロンレア領による正規軍撃退の一報は悪評まみれであったとしても、まぎれもなく朗報だった。
「ロンレアの連中……。どんな卑劣な戦術にせよ、領地を守ったことに変わりはない」
諸侯にとってロンレア領は、地政学上クロノ王国の新王都と隣接する緩衝地帯となる。
いかに領主夫妻の悪名が轟こうとも、ロンレア領が対クロノ王国に対して防衛し続けることは周辺の領主にとっては都合がよかった。
「ロンレア領は地政学上、クロノ王国の侵攻からの橋頭保となる重要地点」
「秘密裏にロンレアを支援することで、諸侯の領土への侵攻を遅らせることができる」
「しかも遊び人の異界人と無知な小娘ならば、いざというときに見殺しにできる。軽い神輿よ」
そう考える諸侯の中には、秘密裏に直行に接触を持つ者も現れた。
直行が各地の諸侯に宛てた親書に対する好意的な返信が主だったが、ロンレア領を防衛した事実から、親政に反対する貴族たちの盟主に祭り上げようとする動きもあった。
「直行さん♪ あたくしたちを反クロノの盟主に祭り上げる動きがありますわ♪」
これら諸侯の動きに対して、エルマは上機嫌だった。
だが直行は、諸侯の動きに関しては懐疑的だ。
「つかず離れず。各勢力の動きに注視しよう」
錯綜する情報の中で、何を信じるか。
直行たちはもちろん、諸侯たちも手探りだった。
「クロノ王国は必ず再び侵攻して来るだろう。次は間違いなく総力戦になる」
直行は諸侯との外交関係を通じて、クロノ王国が「うかつには攻めてこられない」状況をつくり出さなければならなかった。
歴史の表舞台に立った直行とエルマ。
一方、ファンタジー世界に現代文明を築き上げようとした勇者自治区は、英雄の超人的な力に頼らない安全保障を模索している。
さらに謎の奇病が迫ろうとしている世界の中で、彼らはどう動けばいいのか──。
運命の行く末は誰にも読めなかった。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「いよいよ次回から5章ですか♪ 長かったですね♪」
「ああ。成り上がったはいいが、クロノ王国との総力戦は避けなければな」
「次回の更新は3月30日を予定しています♪」
「あれ? なんか普通に次回予告だな」
「ようやくタイトル回収回にたどり着きましたのにね……」




