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429話・アニマの選択

 勇者トシヒコとクロノ王国アニマ王女の婚姻。


 国王ガルガにとっては苦渋の決断だった。本心を言えば、妹を異界人である勇者トシヒコに嫁がせたくはなかった。


 しかし……。


「アニマ。勇者トシヒコの元へ嫁に行ってはくれまいか……」


「……かしこまりました」


 アニマ王女の私室にて、侍女たちを外に出した国王ガルガは意を決して打ち明けたが、意外にも妹姫はすんなりと承諾した。


 6才年の離れたこの兄妹は、普段そこまで親しいわけではなかった。


 二人きりで話すことなど、これが初めてだったので、人払いをした段階で王女には大方予測がついていたことだった。


「ガルガお兄様。そんな顔をなさらないで。笑ってくださいましね」


 ガルガ国王にとって、それまで妹のアニマ王女は率直に言えば「何を考えているか分からない」印象があった。


 礼儀作法や儀礼などは卒なくこなすが、弟ラーのような聡明さはもちろん、ガルガ自身のような劣等感も特になさそうで、常にフワフワした印象だった。


 そんな印象が、一変した。いま目の前にいる女は、想像していた妹とは違っていた。


「アニマ……」


 実はこの兄妹は、これまで深い接点はなかった。


 ガルガ王子は少年期に入ると、魔法が使えない劣等感を克服するために武勇を鍛え、同年代の騎士たちと生活を共にすることが多かったからだ。


 また即位後も自らが政治を行うために多忙であり、公式行事以外で兄妹が顔を合わせることはほとんどなかった。


 正直、突然の話に泣かれることも覚悟していたガルガは、妹の成長ぶりに驚きを隠せない。


「ふふふ……。そうすると、クロノ王家の血が三大勢力に流れ込むことになりますわね。ただし法王庁は世襲ではありませんけれども」


 アニマ王女は冷徹な目をしていた。

 

(妹はこんな目をするのか……)


 ガルガ国王は思わず寒気を覚えた。


「わたくしがトシヒコ様のお子を身ごもれば、お兄様2人とわたくしの子でこの世界を牛耳ったも同然ですね」


「そのような話……」

  

 親政クロノ王国にとって、仮想敵はあくまでも勇者自治区である。勇者トシヒコとはいずれ雌雄を決する覚悟を決めていた。


 だからこそ敵に嫁がせるアニマの身を案じていたのだが、彼女は恐れてなどいなかったのだ。 


「意外だった。まさかお前が政治的な駆け引きの話をするとはな……」


「わたくしも王家の血を継ぐものであれば、自分の立場は理解しているつもりです」


 アニマは柔らかな口調だったけれど、毅然としていた。


「ふふ。そういえば、ガルガお兄様がいま併合を進めていらっしゃるロンレア領は、とても暖かで豊かな土地だと伺っておりますわ。お兄様が直轄地となさった暁には、わたくしに美味しい果実を送ってくださいますわね? 自治区の後宮にてお待ちしておりますわ」 


 テーブルに積まれた果実皿から、アニマはきれいに皮の向かれた柑橘類の実をひとつ取り、優雅に口に運んだ。けして強がりではない、余裕を感じた。


挿絵(By みてみん)

 

「ただ、弟は……法王猊下はどう思われるだろうか」


 逆にガルガの方が取り乱しそうになる。


 自分の野心のために妹を利用したことを、聡明なラーならば当然察しているだろう。


 それが後ろめたい。


 自らが政治を行い、〝七福人〟という異能の側近集団を抱えた青嵐の国主ガルガ。魔法の才能に恵まれなかった彼は、武断の王として覇業に乗り出した。


 しかし心の内は、弟に激しい劣等感を抱えたままだ。


 弟ラーの影が脳裏をよぎると、押し寄せる不安やそれを否定する心でたちまち平静ではいられなくなる。


「あら、どう思われるもなにも。王族の冠婚葬祭を取り仕切るのがラーお兄様のおつとめでしょう」


 それに対して妹アニマ王女は、実に堂々としていた。


「ほかならぬ、わたくしの晴れ舞台なのです。ラーお兄様なら、きちんとやってくださいますわ。あの方はダンスは苦手でも、仕事であれば卒なくこなしますもの」


 そう言って無邪気に笑う。


「ラーの奴もお前には敵わないのだな」 


 ガルガは肩の力が抜けてしまった。自身にとっては脅威でしかなかった弟が、アニマにとってはただの「お兄様」なのだ。


 〝千年に一人の魔導の申し子〟といわれた弟ラーに、ずっと引け目を感じていたガルガにとって、この妹の堂々たる振る舞いには胸のすく思いだった。


「わが妹よ! ロンレアの果実は、この俺が! クロノ王家がもぎ取ってやる! そこを足掛かりに諸侯を束ね、勇者自治区をも併合するのが俺の夢だ」


 ガルガは今までの不安や劣等感はどこへやら、急に勇ましく胸を張った。


 彼も内心では、〝七福人〟という後ろ暗い側近集団には複雑な思いを抱えていた。


 しかしネオ霍去病をはじめとする超人的な異能者なくしては、若い自分が老臣たちを黙らせることなどできない。


 若き国王の抱えた不安を、血のつながった妹であるアニマ王女は間違いなくやわらげたのだ。


「アニマよ! わが王家で世界を取るのだ!」


「まあ頼もしい。でも戦争は嫌ですわよ。穏便に、平和的に、わたくしの勇者自治区を飲み込んでくださいませね」


 こうして、妹の承諾を取りつけたガルガ国王は意気揚々と自室に戻っていった。


「クロノ王国と勇者自治区の婚姻同盟によって、ロンレア領と自治区とのつながりを分断する」


 その一方で、ロンレア領に関する奇妙な噂が巷を騒がせ始めていた。


「ロンレア領の異界人が、反クロノ王国の盟主として諸侯をまとめ上げようとしている」


 …………。


 真偽はともかく、クロノ王国にとっては捨て置けない噂であった。

 



 次回予告

 ※本編とは全く関係ありません。


「直行さん♪ 日本では桜の便りが聞こえてきたようですわ♪」


「お、おう。俺は花見なんて行ったことはないけどな……」


「あたくしは前世でソロ花見を楽しみましたわ♪」


「……それって楽しいのか?」


「桜を愛でながら、お花見スイーツを楽しむ♪ 贅沢なひと時でしたわ♪」


「次回の更新は3月27日を予定しています『楽しいソロ花見』お楽しみに」


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