41話・東奔西走
知里から受け取った魔法の道具ホバーボード。
文字通り宙に浮かぶスケートボードのようなものだ。
「これ、どうやって動かすんだよ?」
「とりあえず乗れば浮くわ。右足のつま先のところでアクセル。かかとがブレーキ」
俺は知里の言うとおりにホバーボードに両足を乗せてベルトを締めると、それはフワリと浮き上がり、皆の頭上の位置で静止した。
位置的にはかなり高く感じるが、安定している。
姿勢制御装置がついているのだろうか。
「左足で高さを調節。スノボなんてやったことないあたしでも飛べるんだから、お兄さんなら簡単だよ」
「ありがとう。やってみる」
俺もスノボなんてやったことはないけどな。
しかし思ったよりも、難しくはなさそうだ。
そんな俺の足元で、エルマが少し心配そうに見上げている。
「直行さん、急いでくださいよ?」
「ああ、わかってる。まずは知り合いのミウラサキに声をかけるつもりだ。いいよな?」
念を押すように、俺はエルマに告げる。
「分かってますわよ。レモリーは従者とはいえ、家族同然ですから」
瀕死のレモリーに寄り添うエルマの表情には、覚悟が感じられた。
その向こうに横たわっているのは、精霊術で辛うじて生かされている術者ネリー。
寄り添う戦士ボンゴロは心配そうな顔だ。
俺は絶対に彼らを助けてみせる。
「……万が一ミウラサキに会えなかった時のために、知里さん、念のため、もう一人の方の詳細も教えてくれる?」
俺が知里に尋ねてみると、意外な答えが返ってきた。
「お小夜こと八十島小夜子。目立つから、きっとすぐに分かる。スラム街で、ビキニなんか着て炊き出しやってるんだもの。見た目はまるで痴女だけど、中身は優等生で礼儀正しい娘なのよ」
「あっ! 知ってるその人。会ったことある!」
汗びっしょりでカレーを作ってた、地味目なタヌキ顔メガネの、ポニーテールで超グラマラスなビキニ鎧娘。
間違いなく、公衆浴場前にいた彼女だ。
しかもその名前は、『被召喚者』として、別方面からも聞き覚えがあった。
いぶきの相棒・アイカの探し人だ。
「あたしが紹介したとか言わなくても、この2人なら無下に断ることはしないと思う」
「了解! じゃあ、こっちのことは頼む。エルマも彼女の言うことを聞いて手伝ってな」
「上から目線で言わないでくださいます?」
ここは彼らに任せて、俺は旧王都に引き返すことにする。
今は時間が惜しい。
俺はアクセルを踏み込んで、その場から飛び去った。
はじめての空中移動だが、両足が固定されているので割としっかりしている。
スノボというよりも、筋斗雲みたいな感じ(もちろん乗ったことはないが)。
速度は自転車の全速力くらいだろうか、結構スピードが出て怖いけれども、姿勢を崩しそうになると魔法の力が発動してバランスが取れるので、見かけよりも安心して飛べる。
もう少し飛ばしてみるか……。
俺は街道沿いの上空を、速度を上げて駆け抜けた。
◇ ◆ ◇
旧王都に着いた途端、衛兵に呼び止められ、ホバーボードを取り上げられそうになった。
仕方なく降りて、ホバーボードを抱えて走る。
まずは、貴族街のミウラサキ邸を目指そう。
初めてこの世界で過ごした1日目を思い出す。
たしかリアカーでマナポーションを売る際に、通りがかった邸宅がミウラサキの屋敷だったはずだ。
その屋敷の門前に到着すると、俺は守衛を捕まえて、矢継ぎ早にまくしたてた。
「カレム・ミウラサキ一代侯爵様にお目通りを願いたい。俺は九重直行。零乃瀬知里の知り合いだ。ロンレア家の長女エルマ……バートリ嬢の知り合いでもあると伝えれば分かるはず」
エルマのミドルネームが出なかったので、言葉に詰まったふりをして適当に流した。
「ジルヴァン様はご不在だ。用があるなら言付けを受けるが……?」
ジルヴァンって誰だよ?
「いや、ジルヴァンじゃなくてカレム様でしょう。カレム・ミウラサキ。ここはミウラサキ一代侯爵様の邸宅ですよね?」
「ここは、ドン・パッティ家の邸宅。ジルヴァン様の生家である」
「え? どういうこと……」
名前、一文字もかすってないんだけど……。
俺は素で驚いてしまった。
「貴様、本当に知り合いか? カレム・ミウラサキ公という名前はジルヴァン様の前世でのお名前だ。旧王都の者なら子供だって知っている。怪しい奴め、とっとと失せろ」
エルマの奴め、そういうことなら教えてくれればよかったのに……。
もっとも、ミウラサキの世話になる気などなかったのだろうから、無理もないか。
ともかく急がねばならない。ミウラサキの件は没だ。
俺はもう一つの案、スラム街の方へホバーボードを飛ばした。
スラム街へ入ると、通りが乱雑に絡み合い、混沌としていた。
だが、マナポーションを売って回った関係で、ある程度の土地勘はあった。
確か前に会った時は、公衆浴場の隣で炊き出しをやっていた。
目立つからすぐわかるはず。
確か銭湯のような公衆浴場だった。
記憶をたどりながら向かうと、懐かしい日本風の料理の匂い(だしの香り)が漂ってきた。
10人前後の行列が、各自お椀を持って並んでいる。
その中心では、ビキニ姿のメガネ女子が、汗だくで豚汁の盛り付けをしていた。




