417話・二通の返答
ロンレア邸の執務室。
俺とエルマ、レモリー、知里、小夜子、魚面、ギッドの7人が一堂に会していた。
クロノ王国とバルド・コッパイ公爵家から来た2通の手紙へ対応するためだ。
クロノ王国から来た書状は、簡素なものだった。
通り一遍の挨拶とともに、「七福人と捕虜、従者キャメルとの人質交換に応じる」旨が書かれていた。
国王の署名がないのが気がかりではあるが……。
「とりあえずキャメルの生存が確認できただけでもよかった」
「分かりませんわよ直行さん♪ マハーカーラみたいに超キモい姿に改造されてるかもしれませんわ♪」
「それね。奴らのことだから替え玉か偽物をよこす可能性もあるよね」
俺の希望的観測を、エルマと知里のネガティブコンビが打ち砕く。
「縁起でもない想像させるなよ」
「いいえ直行さま。残酷な想定はしておくべきかと。幸い、私はキャメルとの付き合いが長いので、偽物であれば見破れます」
レモリーは奴隷時代から従者に抜擢されるまで、キャメルと一緒に働いていたという。
13歳のエルマが生まれる前からの付き合いだ。
彼女がいるなら大丈夫だろう。
それに、心を読める知里もいる。
「クロノ王国との人質交換は、計画通りに〝虎〟に働いてもらう。念のため魚面にはグリフォンで上空から監視を頼む」
「ワカッタ」
魚面と〝虎〟も、前に所属していた暗殺者集団〝鵺〟では同僚だ。
上空から手の内を知った元同僚からの監視があれば、虎もうかつには動けないだろう。
「クロノ王国と暗殺者集団〝鵺〟との利害関係はないけど、何が起きるか分からないから、あたしも魚ちゃんに同行するよ」
知里はそう言って魚面の肩を叩いた。
不測の事態に備えて、ということもあるだろうけど、対七福人のことも考えているはずだ。
彼女は家族の仇だと言っていた。
クロノ王国側の使者にソロモンという魔導士がいたら、攻撃するつもりだろう。
「知里さん。くれぐれも無茶はしないでほしい」
「大丈夫だよ直行。あんたが思ってるような無茶な真似はしない。ただ、魚ちゃんを守りたいだけ」
「知里サン……」
魚面にとって人質になっている〝猿〟は元ボスだし、監視対象の〝虎〟も元同僚だ。
精神的に負担を感じてしまったのか。
俺としては、配慮が足りない人事だったかもしれない。
「知里さん、フォローすまない。魚面にも、元同僚の監視役なんて酷な任務だったかも」
「全然だヨ。鵺にいた頃ハもっと胸糞悪い監視役もやっタ。聞クカ?」
魚面はあっけらかんとしたものだ。
ちょっと怖すぎて聞く気になれないけどな。
エルマは面白がって魚面から聞きたそうにしているが、ここはスルーだ。
「人質交換の段取りは、それでいこう。俺たちは領内でキャメルを出迎えるつもりだけど、クロノ側からは使者の情報がないから警戒は怠らないようにしよう」
「そうね。領内に関してはお小夜を守備隊長に。連絡役も兼ねてもらうわ。レモリー姐さん、直行とお嬢はキャメルを迎える係だね」
「それでいい。ギッドは俺の代わりに領内の統治を頼む」
「承知しました」
こうして、対クロノ王国の戦後処理は人質交換までの段取りが完了した。
問題はバルド・コッパイ公爵家からの返信だった。
◇ ◆ ◇
「公爵家は何て言ってきていますの?」
俺は、公爵家から届いた長い手紙をエルマに渡した。
バルド・コッパイ公爵家は、替え玉事件について何ひとつ書いて寄越さなかった。
しかし、回りくどい文章で、ロンレア伯爵家と友好を結びたい旨が書いてある。
マハーカーラについて一言も書かれていないところをみると、6男とは距離があるのだろう。
それにしてもへりくだった文章だ。
とても王家に次ぐ家柄とは思えない。
「〝豚のような我々〟だってさ」
「プライドも何もありませんのね♪」
手紙の中身といえば俺の全く知らない、先々代のロンレア伯と公爵家の縁だとか、200年前の戦乱の時代に武勇を競った話だとか、延々と書いてあった。
へりくだった文章で仲良くなりたいなんて書く奴の心理状態は明白だ。
だが公爵ともあろうものが、なんで俺たちにビビっているのか。
替え玉事件については一文字も書いていないが、できれば口止めをしたいということか。
あくまで公爵家として?
どうも回りくどいがそういう意図と思えなくもない。
まるでクロノ王室と距離があるような書き方でもある。
「ねえ直行さん♪ お望みとあれば公爵家が末娘を嫁にどうかと書いてありますわ♪ 新しい妻にしたらいかがですか♪」
「いいえお嬢様。直行さまはお嬢様とすでにご結婚なされておりますゆえに……」
レモリーが思いつめた表情で言った。
「おいエルマよ。そもそも伯爵はお前で、俺は馬の骨だ。向こうはロンレア伯爵家に男子がいないことを知らないから、適当なことを書いたんだろう」
「どうでしょうね♪ 直行さんの名前は、間違いなく知れ渡りましたからね♪ 公爵家としたら直行さんを向こうの陣営に招きたいのかもしれませんしね♪」
エルマはレモリーを茶化しながら、割と鋭い洞察を見せた。
俺の名が知れ渡ったのかどうかはともかく、バルド・コッパイ公爵家の意図はおおよそ理解できた。
「レモリー。公爵家に返信しよう。嫁の件は当然断るけど、友好関係は歓迎すると」
敵の中に味方をつくるのは、政治の世界の常套手段だ。
しかしこの返信が、のちに思いもよらない騒動を引き起こす羽目になってしまった。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「勇者自治区でコーヒー買って来たの。みんなで飲まない?」
「コーヒーなんて久しぶりじゃない。お小夜が淹れてくれるの?」
「サ店でバイトしてたから得意なの!」
「サ店……ってまあ80年代は喫茶店のことそう言うよな」
「あたくしはお砂糖とミルクとハチミツをたっぷり入れてくださいませね?」
(……ごくごく)
「ふぅん。シティローストか。酸味と苦みのバランスも悪くないわね」
「知里さん、ブラックで飲むなんて中二……いや、大人ですわ♪」
「ところでお小夜。勇者自治区ってコーヒー豆の栽培までやってるのかな」
「どうかなあ」
「ヒナさんのことですから♪ 年端も行かない少年に過酷な労働させてないと思いますけど♪」
「次回の更新は2月23日を予定しています。『鬼畜エルマのコーヒー農園』お楽しみに」




