416話・ロンレア領の戦後処理
法王庁で一泊した俺たちは、知里が駆る鵺で帰路についた。
ロンレア邸では、エルマとレモリーが出迎えてくれた。
「アナタお帰りなさいませ♪ 妻と愛人を差し置いて知里さんと一夜を共にするとは、なんて破廉恥なのでしょう♪ ねえレモリー?」
「……はい。おかえりなさいませ直行さま。……そして知里さま」
エルマは小躍りしながら茶化し、レモリーはジト目で睨む。
俺と知里は苦笑するしかない。
「冗談は置いといて、クロノ王国とバルド・コッパイ公爵家に書状を送った」
「法王庁の後ろ盾もついたよ。どうなるかは相手次第だけど」
知里はキッパリと言った。
俺は法王庁の後ろ盾のあたりがいまひとつピンと来ないのだが……。
「それは朗報ですわね♪」
「はい。あとはキャメルの命が無事であればよいのですが……」
こればかりは確かめようがない。
とにかく、打てる手は打った。
あとは向こうが捕虜交換に応じるかどうかだ……。
◇ ◆ ◇
クロノ王国とバルド・コッパイからの連絡を、ただ待っているわけにはいかない。
戦後処理は細かい事務的なことから、住民の生活再建まで多種多様だ。
とりあえず小夜子と魚面には、引き続きロンレア領周辺のパトロールを頼んである。
また敵が何かを仕掛けてくるかもしれない。
行方不明になったエルフの射手スフィスの消息も気になるところだが……。
あと、ネンちゃんのお父さんも行方不明だそうだ。
……こちらは悪だくみをしてないといいけど。
◇ ◆ ◇
俺は役場に顔を出し、ギッドらに事務的な処理を一任する。
避難民への聞き取りや、かかった予算などの書類作成、要するに面倒な作業は丸投げというわけだ。
……が、役場についた俺を待っていたのは、予想外の歓待だった。
「りょーしゅさま、わたしたちを守ってくれてありがとう」
「りょーしゅさま」
見知らぬ少年少女が駆けてきて、リボンのついた大きな花束を抱えた少女と木彫りの人形を俺に手渡す。
その後ろではギッドら役場の職員たちが俺を出迎えてくれた。
「この度の大勝利おめでとうございます!」
「まさかの単騎駆けからの敵将捕縛とは!」
「お、おう」
「しかし直行どの。ずいぶんと無茶な戦をしたものです」
浮かれている役人たちとは対照的に、ギッドは冷静な様子だ。
「ギッド。法王庁の後ろ盾は得られた。御用商人たちは法王庁で引き受けると言ってくれている」
「承知いたしました。すぐに彼らに知らせ、退去していただきましょう」
御用商人たちが死体あさりをしていることは口には出さなかったが、ギッドも何となく察してくれたようだ。
もっとも、彼らの世界ではそちらの方が常識なのかもしれないが……。
「……それで、捕虜を送り返す人員の手配は、いかがなさいますか?」
次いでギッドは声を潜めた。
敵兵に負傷者がいるらしい。
キャメルと人質交換ができれば、当然それらを送り届ける護衛役がいる。
思いっきり危険な任務だ。
「……捕虜の〝虎〟に仕事をしてもらおう」
マハーカーラの護送には、暗殺者集団〝鵺〟の一員である大男、虎を充てる。
リーダーの〝猿〟を人質にして、派遣する案だ。
「まさに〝恥知らず〟の面目躍如ですね。扱いに困っていた捕虜を、そう使うとは……」
ギッドはギョッとしていたが、納得はしてくれた。
◇ ◆ ◇
俺はさっそく地下牢に赴いて、虎に話を持ち掛けた。
捕虜交換の際、マハーカーラを引き渡すために護送する必要がある。
クロノ王国が約束を守るとは限らない。
護送する一団を皆殺しにする可能性がある。
それに移動中にマハーカーラが逃走する恐れがある。
「……と、いうわけで危険な任務だが、どうする?」
「………」
虎は黙って聞いていた。
実際、彼は〝鵺〟という組織にどこまでの忠誠心があるのかは分からない。
知里が心を読んだけれど、人の心は絶対ではない。
命が関われば、簡単に揺らいでしまうだろう。
虎が、マハーカーラの護送を放棄して逃走する可能性だってあるだろう。
「成功した暁には、猿と共に解放も考えている」
ほんの気休め程度の報酬だが、言葉に出しておいた。
ただし当然、俺たちを裏切れないように〝制約〟魔法はかけさせてもらうけどな。
「……お前らからすりゃオレの命なんざ惜しくねえだろうし。オレとしても〝猿〟は裏切れない。どこぞの魚とは違うんだ。命をかけてやる」
虎は納得してくれたようだ。
知里に確認を取ると、彼女は小さく頷いた。
「虎さんは、裏切るつもりはなさそうね」
「ありがとう虎。悪いようにはしないつもりだ……」
こういう選択をするたびに、心が痛む。
だけど元の世界だって、状況によってはリストラや、こんな捨て駒みたいな人事をすることもあるのかもしれない。
全体を守るためには、仕方がない考え方……というものも。
エルマは悪ぶっていても、まだ子供だ。
こういう役目は、大人である俺の役目だろう。
◇ ◆ ◇
こうして、ロンレア領の戦後処理を少しずつ片付けていった。
住民たちが日常を取り戻すのはまだ先になるだろう。
俺もやらねばならぬことが山積みだ。
勇者トシヒコは言った。「これでお前も歴史の表舞台に立つ」と……。
そのときがいつ来るのかは分からないが、間違いなく運命は動きつつある。
そして1週間が過ぎ、クロノ王国とバルド・コッパイ伯爵家から返事が届いた。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「直行さん、2月18日は何の日だか知ってますか♪」
「冥王星が発見された日だな。1930年、天文学者クライド・トンボーがローウェル天文台で発見したそうだ」
「準惑星に降格した星じゃないですか♪ あたくしは秦の始皇帝の誕生日の話をしようとしていました♪」
「エルマお前、冥王星に失礼だし。始皇帝とはまた大きく出たなオイ」
「あやかりたいですわー♪」
「あやかってどうするんだよ?」
「次回の更新は2月20日を予定していますわ♪ 『エルマの兵馬俑』お楽しみに♪ 直行さんのフィギュアも飾りますわ♪」




