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415話・知里の居場所

 夜も更けていた。


 このまま鵺に乗って夜間飛行でロンレアまで帰るのは危険だ。

 なので部屋を手配してもらったが、まさかの貴賓室だった。


 俺と知里に一部屋ずつ与えるとは、ジュントスの奴、どんだけ偉いんだ。 

 職権濫用で失脚しないといいが……。


 てっきり部屋にいたと思った知里は、廊下から俺たちの心を読んでいたようだ。

 それで、俺は知里の部屋に呼ばれた。


「何だよ知里さん、改まって……」


 ジュントスが何か企んでいるとか……?

 そうなると話はまたややこしくなるが……。


「大丈夫。ジュンちゃんには裏切る気はない。野心家だけど何も企んでない」

「なら、よかった」

「話というのは他でもないの。あたしの今後についてなんだけど……」


 彼女とは冒険者と雇い主という関係のまま、これまでずっと共に戦ってきた。

 信頼している仲間だけど、割とドライな関係だ。

 たぶんこの距離感が、最適なのだと思っている。


 でも、知里の今後……。

 そう言われると、俺は途端に不安になった。


「まあ、ワイン飲み直すの付き合ってよ。いまの関係を劇的に変えたいわけじゃない。ちょっと聞いてほしいんだ」

「……お、おう」


 そう言って知里はどこからか調達したワインとグラスを取り出す。

 部屋のサイドテーブルに置いて、ソファでグラスを合わせる。


 こうして知里と飲むのは何度目だろう。

 俺たちのドライな関係はとても居心地がいい。

 いや、本人がどう思っているのかは知らないけど。

 ──こんなことを思っていることも、彼女には筒抜けなのだけども。


「まあね。でも、直行だから聞いてほしいってのがある」


 知里の方から、こんなふうに距離を詰めてくるのは珍しい。

 というか、知里という人はどれほど親しくなっても人を寄せ付けないオーラがあり、決してゼロ距離にはならない。

 俺とはもちろん、親友のはずの小夜子にさえわずかな距離を置いている。


 彼女は少しぎこちなさそうに、この世界に来てからの身の上を語った。

 13歳だったという。

 右も左も分からない現代人の知里は、人の心は読めるものの、生きていく術を知らなかった。

 そんな彼女に手を差し伸べた恩人で親友の女冒険者がいたという。

 彼女はその女冒険者のことを「家族」と言った。


「……直行。あたしは家族を〝七福人〟に奪われた。冒険者の領分を踏みにじる、クロノ王国のやり方は許せない」

「奪われたって……まさか」

「この世界で、たった1人の家族だったんだ」

「……そうか」


 知里の身の上話を聞きながら、俺はワインを何杯か飲んだ。

 13歳から冒険者として、生きるか死ぬかの瞬間を重ねてきた彼女に比べれば、俺の借金返済なんて気楽なものだ。

 ましてや俺に、家族を奪われた経験もない。


「……復讐か」

「まあね」


 知里は空になったグラスに、ワインを注いでまた飲んだ。

 ルビー色の液体を見つめ、遠い目をしている。


「復讐なんて()()は決して望まないでしょう。無意味で不毛な行為だというのは分かってる。そんなことに労力を費やすくらいなら、誰かを助けるために力を使う方が、自分自身のためにもなるということも理解してる……」


 彼女自身、気持ちの整理を無理やりつけようとしている。

 そんな風に俺は思えた。


「……正論やキレイごとだけじゃあ、やってられないよな」

「まあ、直行に同意してくれとは言わないけどさ……」


 復讐──。

 彼女はあれほど嫌っていた闇の魔法に手を染めた。

 女の子が頬をえぐられても平然としていたのは、尋常じゃない思いがあるのだろう。

 それだけの覚悟を持った相手を、俺は否定できない。

 ただ、彼女に不幸になってはほしくないけど。


「……俺も含めて、正しく生きられるわけじゃない。元の世界には法律があるけど、ここはそういうわけでもないしな」

「そうね。あんたは正しく生きないといけないけどね、領主さま」

「知里さん。俺に協力できることは何でもするよ」

「……ありがと」


 知里は少し照れたように笑った。


挿絵(By みてみん)


「具体的には、何をしたらいい?」

「別に何も。あたしが闇にのまれたとしても、今のままでいてくれたらいい」


 二人掛けのソファに並んで腰かけて、ワイングラスを傾ける。

 俺と彼女の間には、雑誌1冊分くらいの距離がある。

 これが何とも心地よいのは、俺だけなのかもしれないけど……。


「お嬢はともかくとして、レモリーさん、大事にしてあげなよ」


 不意に、知里がそんなことを口走った。

 彼女はけっこういいペースで飲んでいたので、少し頬を赤らめている。


「エルマはともかくって、何だよそれは」

「共同経営者でしょ。……って、あたし何言ってんだろ」

「負けヒロインみたいなことを」

「ちょっ……それ、何であんたに言われなきゃならないわけ? ドライな関係の!」


 知里は口を尖らせ、俺を指さす。


「人を指さすのよくないよ知里さん」

「あんたが失礼なこと言うから!」


 2人とも結構ワインが回って来たので、そんな他愛のないことでも笑えた。

 散々笑った後に、しんみりするのは酒の席でのお約束だ。


「……何でもいいけど、直行がいてくれてよかったよ。あたしにも、帰る場所があってよかった」


「ああ。どんな悪さしてもいいよ。ウチに帰って来てくれたら、俺は嬉しいかな」


「ありがと直行。じゃああたし、グラス片付けて歯を磨いたら寝るから」

「グラス洗うの手伝うよ」

「魔法でやるからいいよ。あんたはもう部屋に帰りなさい。おやすみ」

「おやすみ」


 何ともふしぎな夜だった。

 俺と知里の微妙な関係。


 さて、明日はロンレア領に帰って戦後処理だ。

 キャメルとの人質交換も、うまく進むといいが……。


 次回予告

 ※本編とは関係ありません


「直行さん♪ 遅れましたけどバレンタインですわ♪」

「半額シールくらい剥がせよ」

「あれ剥がしにくいんですよね♪ 小夜子さんと知里さんからももらったそうですね♪」

「友チョコだけどな。母親以外からチョコもらったの初めてだ」

「よかったですわね♪」

「ああ」

「原産地のカカオ農園では人身売買された児童労働者が過酷な環境で働いてるそうですけど、喜ぶのは資本家ばかり。気の毒な話ですわね……」

「お、おう。胸が痛む話だな」

「豊かな国に生まれてよかったですね♪ 直行さん♪」

「そんなこと言われると、食べにくいな……」

「次回の更新は2月18日を予定しています♪ 『エルマとチョコレート工場』お楽しみに♪」

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