413話・和平への道2
こうして「聖騎士ジュントス替え玉事件」という弱みを握った俺たちは、公爵家を仲介役に王国との和平交渉を試みることにした。
さっそくジュントス当人と知里と3人で詳細を詰めることに。
悪いけどドンゴボルトには席を外してもらった。
「……なあジュントスどの。バルド・コッパイ公爵家に書状を送るのはいいとして、まともに取り合ってもらえるだろうか」
俺が心配なのは、その点に尽きる。
「替え玉事件など知らない」と白を切られたらそれまでだ。
ましてや本物のジュントス公爵とて6男くらいだし、トカゲの尻尾切りをされたら元も子もない。
しかしなぜかジュントスは強気だった。
「心配ご無用ですぞ、直行どの。拙僧の肩書と法王猊下の印璽があれば、公爵家とて無下にはできますまい」
「法王猊下の印璽って、カンタンに言うなよ」
まだ二十歳の法王はガルガ国王の実弟だという。
コネで法王の座に就いたのかと思いきや、なかなかの器だと噂されているし、ましてや王族と公爵家は親戚同士だ。
そもそも法王に親戚筋の替え玉事件なんか知らせて、大丈夫なのか?
「まー大丈夫じゃない? へーきへーき。ただ、公爵家がどう出るかは分からないけど」
知里もずいぶんと余裕だ。
「知里さん、珍しく楽観的なんだな」
「まあね。こっちも七福人のひとりマハーカーラを捕えてるのは事実だし。キャメルとの人質交換をクロノ王国に直接交渉するのもアリだと思うよ」
「同時に書状を送るわけか……」
クロノ王国には、捕虜の交換と停戦を要求する。
一方で、バルド・コッパイ公爵家には替え玉事件という醜聞を口外しないことと引き換えに仲介を要請する。
生きた証拠である敵将の身柄がこちらにある以上、無視はできないろう。
「公爵家に送る書状については、拙僧が責任をもって法王猊下の署名を取り付けます」
ジュントスもこの案に賛同してくれ、協力を約束してくれた。
「しかし、ジュントスどのご自身に危害が及ぶんじゃないか。公爵家やクロノ王国から刺客が来る恐れもある」
「拙僧の身は女騎士リーザ殿が、任務として守ってくれましょう」
「でも俺たちは彼女の反感を買っているし……」
しかも、俺ごときに不覚を取るような非力な戦闘力だ。
大丈夫なのか?
不安そうな俺に、ジュントスは笑って答えた。
「まったく問題ありませんぞ直行どの。まだ男を知らぬ処女ゆえに硬いところがありますが、任務には忠実な女騎士です。修行も続けているようですし、頼もしい女傑ですぞ。ウシシシ……」
「ジュンちゃん、アンタ最低……」
ジュントスのセクハラ発言はともかく、これを機に敵対していた法王庁と関係改善できる可能性もある。
少なくともそのキッカケは得られたと考えることにしよう。
◇ ◆ ◇
こうしてロンレア領とジュントスの命運がかかった、大事な打ち合わせ……のはずが、気がついたら単なる酒盛りになってしまった。
「それほどの小夜子さまの活躍! 拙僧も生で見たかったですぞ。ウシシシ。法王庁の女性騎士の正装を、ビキニアーマーにしたいものですな!」
「ジュンちゃん、それやるとマジで勇者自治区のヒナがブチ切れて戦争案件だから」
例の大亀鍋を囲み、俺たち3人は執務室で宴会をしていた。
聞けばジュントスは商人たちを呼んで毎日こんなふうに過ごしているらしい。
それでよく法王の怒りを買わないものだ。
「それね」
知里が興味深そうに話に乗って来た。
「ジュンちゃんは毎日どんちゃん騒ぎをしているけど、よく法王猊下の逆鱗に触れないわね。あの方、すごく潔癖な感じだけど?」
「ああ。それは拙僧が商人たちと通して秘密裏に勇者自治区の情報を探っているからですよ」
ジュントスは声を潜めた。
けっこう酒を飲んでいるが、その目は酒に飲まれていない。
「先日もコネを得て球体間接人形を入手しました。これが何とも傑作で、裸の細部まで作り込まれた逸品でしてな……惜しいことに、壊れてしまいましたが」
なるほど。
ジュントスは娼館から不用品を売りさばいていたという兄の手口を真似て、法王庁に情報と禁制品を持ち込んでいるという訳だ。
「商人といえば、ウチにも来たな。クロノ王国の御用商人が……」
「ほう」
ジュントスは興味深そうに身を乗り出してきた。
……俺は、自領で一時預かっている御用商人たちとのやりとりや、主だった商人の特徴、さらには彼らが遺体から身ぐるみを剥いでいた様子や、クロノ王国を突然追われた経緯などをザックリと話した。
「なるほど。それは貴重な情報ですな……」
「正直、ウチはあの連中に手を焼いているので、法王庁が受け入れてくれるなら助かります」
実際、奴隷商人やら占い師やら、怪しげな薬の売人など、王室御用商人は相当にうさん臭い連中だ。
まとめて法王庁で面倒を見て浄化してほしいものだ。
「それにしてもクロノ新王国は、ずいぶんと大胆な変革の真っただ中でありますな」
「いきなり攻められたこちらとしては、たまったものじゃないけど……」
「王室お抱えの奴隷商人ですと、さぞや麗しい女奴隷がおるでしょうな……」
ふむふむと頷くジュントスに、俺は苦笑いを浮かべるしかない。
知里は我関せずといった風で、ワインを飲んでいる。
「しかし直行どの。あなたの名はこれで一層、世に広まりましょう。拙僧とも、もはや一蓮托生。正直なところ、そなたが何をお望みなのか、いまだにもって存じ上げませぬ。そろそろここだけの話として打ち明けてはくれませぬか?」
ジュントスは改まった感じで俺に尋ねてきた。
「俺はまあ……最終的には元の世界に帰ることです」
エルマとレモリーとの誓いには触れず、俺は当たり障りのない答えを選んだ。
「ジュントスどのは……?」
彼こそ、法王庁を足掛かりに何を目指しているのだろうか。
ジュントスは、待ってましたとばかりに身を乗り出してきた。
「法王猊下の座……と、言ったら?」
ジュントスは真顔だった。
俺は背筋が一瞬で凍りついたが、知里は軽く流しているようだ。
「冗談だよ直行。ジュンちゃんは美女を侍らせて遊び暮らしたいだけよ」
「……ビックリした。笑えない冗談だよ」
「左様ですとも。ウシシシ……」
知里はそう言っているけれども……。
ジュントスの本心は、俺には分からなかった。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「直行さん♪ 2月11日は紀元節・建国記念の日ですわね♪」
「ああ。元いた世界の日本では国民の祝日だったな」
「わがロンレア領も建国記念日をつくりませんか?」
「ちょっと待てエルマよ。建国するって、どうせエルマ帝国とか言う気だろ?」
「当然ですわ♪」
「そんなことしたらクロノ王国も法王庁も黙っていないぞ」
「三国志みたいでカッコいいじゃないですかー♪」
「ていうか勇者自治区もあるし。いま独立しても俺たち袁術とか選挙の泡沫候補みたいなもんだ」
「窮鼠猫を噛むと言いますわ♪ 次回の更新は2月13日を予定しています♪ 『ドキドキ☆バレンタイン・イヴ』の巻♪ お楽しみに」
「意味わかんないよ」




