412話・和平への道
クロノ王国の重臣バルド・コッパイ公爵家による替え玉事件。
本人に代わって法王庁に出家した偽物は、俺の友人ジュントス。
この事実をつかんだ俺は、コッパイ家の弱みを握ったも同然。
最大限に活用させてもらうが、なにも悪いことをしようっていうんじゃない。
たしかに強請り、タカりの類には違いないが、目的は金銭なんかじゃないのだし。
停戦交渉の力添えがほしいのだ。わが領土の安寧のために。
「ジュントス殿、ロンレア領を守るために力を貸してほしい。バルド・コッパイ公爵家に手紙を出したいのだが、この件に触れてもいいものかな」
俺はジュントスと、上座に座らされている従者を装った大物(おそらく枢機卿かそれ以上)を見据える。
「拙僧の立場からすれば……それはまずい、触れないでほしいとしか……言いようがない……」
替え玉として買われた身のジュントスはすっかり青くなり、まるで伺いを立てるように従者を見ている。
年若い従者が、かわいそうなジュントスをかばうように口を開いた。
「では、ロンレア領主代行……直行様は、公爵家に替え玉の件で揺さぶりをかけたいということですね?」
「ええ。スキャンダルと引き換えに和平への仲介役を頼みたいと思っています」
俺は率直に答えた。
「口止め料……ということですよね」
「ええ。ですがなにも金品をタカろうってわけじゃない。公爵さまのお力添えをいただくために、弱小な我々としては、こうするしかないんです」
「しかし、困りましたね。替え玉事件が明るみに出たら、バルド・コッパイ公爵家はもちろん、替え玉を見抜けなかった法王庁も醜聞に巻き込まれてしまう」
従者は俺の意図を正確に読んでいる。
ジュントスは黙ったまま、伏目がちに頷いていた。
彼のこれまでの功績は否定されなかったものの、経歴詐称については何らかの処罰が下されるのかもしれない。
「さて、直行様。替え玉の件はひとまず置いておいて、ひとつ、これだけはハッキリさせておきたいのですが……」
従者は改まって、俺に尋ねた。
「はい……?」
「あなたはロンレア領の責任者でありながら、被召喚者でありましょう」
来たか、異界人問題……。
俺は黙ってうなずいた。
「ならば直行様。単刀直入に聞きます。あなたは、〝私たちの世界〟をどうするおつもりですか?」
私たちの世界……か。
法王庁の立場的には、俺たちは異物であり容認できない存在だ。
俺は、慎重に言葉を選びつつ答えた。
「まず、ロンレアは法王庁と敵対する意図はありません。自領を豊かにする気持ちはありますけど、勇者自治区のような、なりふり構わぬ開発は望んではいません」
「……」
「できれば信じてほしいですけど、クロノ王国の方から一方的に領地の明け渡しを要求してきたのは事実です。そしてこちらが使者を立てたにもかかわらず、武力で侵略されたことも。今回の件、わがロンレアは防衛しただけなのです」
従者は少し考えている様子だ。
「……ひとつ確認しておきたいのですが、王国側の武力行使の理由については、『ロンレア領主が異界人だから』『討伐』という理由ではなかったのですね?」
どうやら従者は法王庁の立場から、王国による異界人排斥を疑っているようだ。
ここにいるジュントスが例外なだけで、本来、聖龍教会は保守派の貴族や反異界人たちの人々の心の拠り所であるのだから。
「ガルガ陛下の書状には領地の返納、とだけ書かれておりました。異界人だから云々といった記述はありませんでした」
異界人の領主を討伐するといった理由なら、大義名分は成り立つ。
しかし、あえてクロノはそれを主張しなかった。
これには理由があるはずだが、今の俺には分かりようがない。
俺の話を静かに聞いていた従者が、ゆっくりと席を立つと、誰に言うでもなく呟いた。
「……いま、この世界は異界人の出現によって大きく揺れています。勇者トシヒコ氏による魔王討伐と、勇者自治区による急速な技術革新は、どうやらクロノ王国にもさまざまな影響を与えているようですね……」
従者は目を伏せている。
冷静そうに見えるこの青年は、なぜかクロノ王国の話をするとき少し表情に陰が差す。
「まあ……ね。自治区とクロノに直接的なつながりはないとしても、変な形で技術が流出してるのは、目の当たりにしたわ。『量産型魔王』について、法王庁は把握しているの?」
「量産……? まさか魔王をですか?」
従者はピクリと眉を動かした。
彼がそのような表情の変化を示すのは初めてだった。
「あたしはオリジナルの魔王と直接戦ったことはない。でも眷属ならば何体か倒したことがある。一昨日、ロンレアの戦場に出てきたのは量産型魔王だというわ。七福人ソロモンの心を読んだのから間違いない」
七福人ソロモン……。
この話をするたびに、知里の表情が曇る。
だが今回は、従者の表情も沈んでいる。
何だろう、妙に空気が重苦しい。
「……現状、ひとまず理解しました。バルド・コッパイ公爵の替え玉事件の件は、私から〝法王猊下の耳〟に入れておきましょう。委細は当人たちにお任せします。では私はこれにて失礼いたします」
従者は頷いて、静かに部屋を出て行った。
「……ふう……ふうう」
へなへなと腰を落とすジュントス。
ドンゴボルトは首を傾げてプンスカしている。
「まったく、新人のくせに偉そうな従者でしたね! どこかの偉い貴族の出でしょうか。たまにいるんですよね、カン違い系の聖職者。その点、ジュントス様は気さくでいいですよね。やっぱり人間、出自じゃないですよね!」
ドンゴボルトの見識はともかく、として……。
どうやら彼がジュントスの上司らしいと仮定すると、和平交渉の黙認は取りつけたと考えていいだろう。
和平に向けて一歩前進したと言っていい。
こちらもキャメルを人質に取られている可能性がある以上、急いで交渉をまとめる必要がある。
まずは第一関門通過といったところか……。
次回予告・
※本編とは全く関係ありません。
「あれ? 今日は2月8日ですわよね♪」
「そっすよお嬢。それが何か?」
「更新予定日は2月9日。日付を間違えたようですわ……」
「あっしに聞かれても困りますぜ」
「時空が歪んでいるのかも知れませんわ♪ スラ、ちょっと次元の狭間まで行ってみてくださいませ♪」
「無茶言わねえでくだせえ。いくら神出鬼没の盗賊でも行けるところには限度がありますぜ」
「次回の更新は2月11日を予定しています♪ 『次元の狭間に消えた盗賊』お楽しみに♪」




