410話・替え玉事件の真相
「拙僧はコッパイ領の農奴に生まれましてな。9人きょうだいの3男でした」
「農奴……?」
ドンゴボルトが、明らかに驚いた様子で目を見開いた。
後ろめたさからか、少し肩を落とすジュントス。
「……ジュントス様、続けてください」
上座にすわった従者にうながされる形で、ジュントスはおそるおそる話を続ける。
「……コッパイ領は重税でしたが、拙僧の実家はそれほど生活が苦しかったわけでもありませんでした。4つ上の兄が、娼館の下働きをしておりまして、不用品……を引き取っては小金を稼いでおりました」
「娼館……!」
「……」
ドンゴボルトの顔がさらに引きつった。
冷静に聞いていた上座の従者の顔も、さすがに曇ったようだ。
確かに娼館の不用品の転売って……。
ジュントスも言葉を濁すように、何だか後ろめたいにおいがプンプンするな。
「聖職者にあるまじき境遇で、恥じ入るばかりです……」
「仕方がないよ。この世界で持たざる者は、タフに生きていかなきゃいけないんだもの」
そんな重い空気を、知里が慰めるように言った。
子どもの頃から冒険者を6年もやってきた知里は、俺よりもこの世界の実情に詳しい。
「まさに〝持たざる者〟……ですからな」
ジュントスは自嘲しながら、ワインを口に含む。
遠い目をして過去を思い出しているようだ。
「したたかに生きておりました。……ところがある日のこと、領主のバルド・コッパイ公爵家の若君が娼館で乱痴気騒ぎの後、遊女をめぐる痴情のもつれから刃傷沙汰を起こしましてな」
バルド・コッパイ領って……。
のどかなロンレア領が、おとぎ話の世界のようだ。
「刃傷沙汰とは、穏やかじゃないね」
「後に兄から聞いた話ですが、どうもクロノ王国から出向していた錬金術師のドラ息子を惨殺してしまったようです」
錬金術師といえば、この世界では特権階級だ。
それを殺してしまったとなれば、いかに公爵家の人間とはいえ困ったことになりそうだ。
「錬金術師の息子の刺殺事件? ……そのような事件は聞いたことがない」
従者は腕を組みながら、しきりと首をかしげている。
「表沙汰にはなっておりません。コッパイ公爵家と錬金術師側がともに、息子同士の不祥事を闇に葬ることにしたからです。ただ、互いのメンツもあるので、ジュントス当人が出家ということで手打ちと相成りました……」
確かに、娼館を舞台にした刃傷事件が表沙汰になれば、不祥事だ。
国王の耳には入れたくないだろうし、お互いの政敵に付け入るスキを与えかねない。
「その手の貴族による犯罪のもみ消し事件は、都市を拠点としてた冒険者時代にイヤってほど請け負ったけど……」
知里は皮肉っぽい笑みを浮かべながら肩をすくめる。
「ジュントス様は冒険者が仲介役だったというわけではなさそうですね」
上座の従者は鋭い視線を投げかける。
ジュントスは身を縮めながら、おそるおそる答える。
「……はい。兄が身代わりをと申し出て、背格好と体形が似ていた拙僧が選ばれたのです。人生の転機とは、何の前触れもなくやってくるものですな」
「お、おう」
……あまり考えたくない話だが、ジュントスの兄は弟を売ったのだろう。
そしてジュントス自身も、それに納得して新天地に身を投じた。
結果的に法王庁で異例の出世をしたのだから、大成功といえるだろう。
ただし、今後のことは分からないけれど……。
「そのお兄さんとジュンちゃんは、その後連絡は?」
「ありません。拙僧は過去を捨てましたからな。元気でやっているといいですが、口封じで殺されているかも知れませんな。人生は非情なものですから……」
知里が不意に尋ね、ジュントスが兄の消息を事務的に答える。
その間、彼女は軽く頬杖をつきながら、遠くを見ているような瞳をしていた。
「……兄、か」
上座に座った従者は、悲しげな微笑を浮かべている。
それが何を意味するのか、俺には分からない。
ただ、ジュントスの運命はこの従者の判断にゆだねられていることは間違いなかった。
ジュントス自らが語った、替え玉事件の真相。
反応は三者三様だった。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「直行さん、北京オリンピック開幕ですわね♪」
「あれ? こないだもやってなかったっけ?」
「2008年北京オリンピックは夏の大会ですわ♪ あたくしは生まれていませんでしたけどね♪」
「14年前か……。俺は18歳だったな」
「直行さん♪ 青春の真っ盛りじゃないですかー♪」
「いや。特に何もなかったけどな」
「次回の更新は2月6日を予定していますわ♪ 『陰キャたちの冬季五輪鑑賞の巻』お楽しみに♪」




