40話・知里と俺の采配で
ホバーボードを受け取った俺は固まってしまった。
「これに乗って俺に救援を呼べと……?」
「どのみち、この彼とさっきの金髪姐さんを助けるには、ちゃんとした回復役の助けが要る」
凄腕の冒険者で神聖魔法の使い手ながら、彼女には人を癒す力がないという。
自虐的な表情で笑う知里は、少し痛々しい。
だけど、空を飛ぶ魔道具なんて使い方が分からない。
それに土地勘もない……。
「救援要請ならば、知里さんが行った方が早い気はするけど……」
「あたしがここを離れるわけにはいかない。敵の第2陣が来ないとも限らないし、回復はできないまでも、結界を張ったり応急処置は必要だから」
「……確かに」
「いいから急いで!」
「お、おう」
俺はホバーボードに手をかけながら、肝心なことに気が付いた。
救援要請って、誰を呼べばいいんだ?
救急車的なものがあるのか?
「俺はこちらの世界に来て間もない。知里さんの冒険者仲間で、信頼できる人がいたら紹介してほしいんだけど……」
知里は腕を組んで少し考えた。
「う~ん。勇者自治区にはロクな奴がいないから、おすすめしない。旧王都ならお小夜……八十島小夜子か、カレム・ミウラサキあたりかな」
意外な人物の名前が出た。
ミウラサキの名を聞いて、エルマの顔が曇ったのを俺は見逃さなかった。
「お姉さんは、ミウラサキ一代侯爵の……お知り合いですか?」
「まあね。あの2人は回復役ではないけれど、治療アイテムを持っているか、治せる人を知っている可能性が高いし、まず間違いく親身になって協力してくれると思う」
もう一人の女性のことは知らないが、俺もミウラサキに対しては親切な奴だという印象がある。
一度しか会ってないけど、分かりやすい性格だったし、人を騙したりもしないだろう。
「彼とは俺も面識があるし。エルマの名前を出さずに交渉してみる」
俺はエルマの方を見た。
「分かってますわよ、直行さん。あたくしに構わず、あなた個人の立場で、良いようになさってください」
お嬢様は明らかに嫌がっているが、ここは皆の人命優先だ。
ミウラサキには俺から頼んでみよう。
……。
「それともう一つ。依頼主への報告だが……」
やはり依頼主のいぶきには状況を説明する責任があるだろう。
レモリーたちも心配だが、請け負った仕事も継続中だ。
どうしたって彼には現状を伝えなければならない。
本来であれば自分が行くべき案件ではあるが。
「あたくしが行くわけにはまいりません案件ですし」
ロンレア家と勇者自治区との接点を明るみにすることは、避けたい。
それともうひとつ。
正直、勇者自治区へ救援を要請することには不安がある。
知里が「ロクな奴がいない」と言ったのを真に受けたわけではないけれども。
行ったことのない場所だから。
「誰に行ってもらうか……」
……決して、いぶきたちを疑うわけではないが、襲撃犯の背後に誰がいるのか定かでない以上は、安易に頼るわけにはいかない。
現在のパーティメンバーの中で、比較的ダメージが軽いのはエルマと、盗賊スライシャーか。
「スライシャー、けがの具合はどうだ? 毒は大丈夫か? 馬に乗れるか?」
「へい! 行けますぜ!」
「すまないが、向こうに留めてある馬で、勇者自治区まで走ってくれ。で、『髪結い師』受付事務所に行って、いぶきに襲撃に遭ったことを伝えてくれ。『積み荷は無事だ』とも伝えてほしい」
「承知! 救援の方はどうしやしょう?」
「取引先のいぶきに救援を求めることはしたくない。が、冒険者ギルドを当たってみるのなら構わない。重傷者を治療できる回復役もいるだろう。自治区内でギルドを見かけたら手配を頼みたい」
「分かりやした!」
勢いよく返事をしたスライシャーは、馬を留めた場所まで片足けんけんで駆けて行った。
万が一ミウラサキが留守だったり、もう一人の小夜子という女性との交渉が失敗しても、誰かしら救援に来てくれれば助かる確率はずっと上がるはずだ。
「知里さん。ここは頼んだ」
俺は、スチームパンク風のホバーボードを地面に置き、足をかけた。
でもこれ、どうやって動かすんだ?




