406話・ジュントス・ミヒャエラ・バルド・コッパイ
「知里さん、それって……」
「心を読んだんだから、嘘ではないと思う」
知里は〝クロノ七福人〟マハーカーラの尋問を続けた。
彼はジッと知里を見たまま無言でいるが、心の中は筒抜けのようだ。
「さあ、あなたの抱えてる秘密は何? 口で言わなくても、つい思い浮かべてしまうよね。家庭のことや、思い出したくもない記憶。若さゆえの過ち。黒歴史……」
知里は催眠術のように耳元で囁いている。
「うるさい小娘! 黙れ! 黙れ! 黙れ!」
「……なるほど。法王庁の彼は、替え玉なんだよね」
「!!」
心を読まれた敵将は、忌々しそうに俺たちを睨みつけた。
「しかしまあこの人、見かけによらずチョロいよ。あたしがちょっと連想させるようなこと言ったら、次から次へと〝思い浮かべて〟くれる」
知里によれば、七福人スーパーマハーカーラの本名は、ジュントス・ミヒャエラ・バルド・コッパイ。公爵家の6男だとか……。
俺たちとは馴染みの聖龍法王庁の聖騎士と同姓同名だった。
ジュントスは性欲が強く、遊郭で乱痴気騒ぎを起こして家を追われた放蕩息子……だと言っていた。
確かに、知里はあのとき「隠し事をしている」とは言っていたけれど、まさか……。
俺たちの知る彼のほうが〝偽物〟だったとは。
「……マハーカーラ殿。あなたの本名はジュントス・ミヒャエラ・バルド・コッパイ。公爵家の6男だそうだな……」
「だから何だ。七福人は〝超越者〟だ。元の名前や地位などに意味はない」
はじめて敵将が口を聞いた。
心の内をほとんどさらけ出してからなので、今さら感がもの凄いが……。
「知里さん、要するにこっちが〝本物の〟バルド・コッパイで、法王庁のジュントスの方が替え玉ってことでいいんだよな?」
「そう。外見が似ていた彼の記憶を改ざんして、公爵家の6男として出家させたみたいね」
「しかし現法王とも親戚だって聞いたぞ。よくバレないよなあ」
「王子様にとって公爵家の6男なんて、会ったところでほとんど印象にないんでしょう。写真もない世界だし、とりあえず出家させちゃえば何となくうやむやになると思ったんじゃないの?」
「……何だその大ざっぱな考え方は」
「それが、この大黒ジュンちゃんの浅はかなことろよ」
知里も言いたい放題だが、思わぬところで縁がつながった。
こちらとしては、交渉カードが手に入ったようなものだ。
「さて。こちらとしては、あなたを起点に、クロノ王国との和平交渉に臨みたい。武人としてのプライドもあろうが、生きてこそ得られる栄誉もありましょう」
俺は敵将に対して、なるべくていねいに言葉を選んだ。
「当然だ。われは七福人ぞ。無下にするなよ」
マハーカーラは尊大な物言いで凄んできた。
捕虜になっても憎まれ口とは、敵将らしいふるまいだ。
「直行さん♪ 捕虜のくせに生意気な態度ですわね♪ 適当に痛めつけてやりませんこと?」
エルマは敵将の態度にカチンときたのか、人差し指で指しつつ毒づいている。
「マハーカーラ殿には捕虜として最低限の人道的な対応はさせていただくつもりです。最低限ですが……」
エルマを頭ごなしにスルーして、 俺は敵将をフォローした。
「直行。現時点で彼から得られる情報は得たよ。一旦ここは打ち切って、次の手を考えましょう」
「そうだな。マハーカーラ殿。最低限ではあるが、食事などの支度もさせていただこう。お互いのためにも、くれぐれも変な気は起こさないでほしい」
「……」
まだ何か敵将を侮辱しそうなエルマを制し、俺たちは部屋を後にした。
「□×※〇▽×!!」
去り際に敵将は何かを毒づき、拘束されている手錠を思いきりベッドの金具に叩きつけた。
◇ ◆ ◇
「知里さん、俺は法王庁に飛ぼうと思う。一緒に来てほしい」
執務室に帰った俺は、皆の前でそう切り出した。
室内にはギッドとレモリー、俺とエルマと知里の5人が揃っている。
「そうね。ジュンちゃんと直に話すのはアリかもね」
「直行さん、今度は知里さんとデートですか♪ 隅に置けませんわね♪」
「……しかし直行どの。クロノ王国との交渉はどうなさるおつもりですか?」
その場に居合わせたギッドが首をかしげる。
エルマの茶化しは華麗にスルーされた。
確かに優先順位としては、停戦交渉が何より最優先されるべきものだ。
しかし……。
「ジュントスを通じて、法王に仲介を頼もうと思う。覇権国家に相対するには、より強い武力または権威による後ろ盾が必要だと思うんだ」
「直行どのは〝偽物のジュントスどの〟を利用して、バルドコッパイ公爵家の弱みにつけ込み、和平交渉の主導権を取ろうという算段ですか?」
「お、おう。それもあるけど、王室御用達の商人たちの処遇もな。いつまでもロンレア領内に置いておきたくないし、早々に聖都に引き取ってもらいたいんだよ」
「なるほど……。しかし、法王庁をも巻き込むとは、まさに神をも恐れぬ処遇ですね」
そう言いながらもギッドは納得してくれたようで、腕を組みながら頷いている。
「はい。では私は、安否確認のとれないキャメルが捕虜になっていた場合の交換条件などの草稿を準備しておきます」
「ああ、レモリーに任せる。ウチに来たとたんに捕虜生活なんてキャメルも気の毒だからな。ギッドには引き続き御用商人の監視と内政を頼む」
「ねえ直行さん。あたくしも一緒に法王庁に参りましょうか♪」
「エルマ。統治者が2人そろって今この領を空にしてはいけない。ここの領主はお前なんだ。しっかりやれよ」
「……直行さん」
エルマは少し驚いたような目で俺を見た。
「承知しましたわ♪ 引き続き〝鵺〟は知里さんに貸し与えます♪ ジュントスさんの件、頼みますわね♪ あたくしとしては全面戦争でも構いませんけどね♪」
──こうして、俺と知里は〝鵺〟に騎乗し、聖龍法王庁を目指すのだった
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「大将! 法王庁に行くんなら大亀をお土産に買ってきて下せえ」
「スラ、またお前か。今回は急ぎだからそんな余裕はないぞ」
「そんなこと言わずに、チャチャッと持ってきてくれりゃあいいんですぜ」
「大亀鍋は美味かったけど、チャチャッと買えるものでもないだろう」
「直行さん♪ 亀なんてその辺の池で拾ってくればいいでしょう♪」
「エルマお前まで。ていうか、その辺の池にいる亀は食えないだろ」
「次回の更新は1月28日を予定しています」
「どうでもいいですけど、知里さんのネイル塗り忘れてますわね♪」




