405話・高貴なる墓荒らしどもに告ぐ
王室御用達の商人たちが、雨の中を出張って墓荒らし中だという。
厳密には、打ち捨てられた遺体から武器や装備品をはぎ取っているとのことだ。
俺は頭を抱えてしまった。
「直行。この世界あるあるだよ。放っておいたら?」
「そうもいかないだろう。命の尊厳ってものがある……何なんだよ、あいつら」
知里はそう言うが、見過ごすわけにもいかないだろう。
彼らの滞在を許した俺の責任でもある。
「直行さん、落ち着いて下さいませ♪ たかが敵兵の身ぐるみ剥いだ程度で狼狽えるなんて、あなたらしくもないですわ♪」
「〝たかが敵兵〟なんてことを言うなエルマよ……」
名もなき兵士たちは、俺たちが戦場に向かうまで生きていた。
敵とはいえ彼らと戦場で相対した者として、戦死者に対する非礼は許せない。
「直行。あんたの気持ちは分かるよ。実際、現場で多くの人の死を見てるわけだし。ただ、この世界ではそういう価値観は通じないんだ」
「分かってる……でも」
知里は冒険者として、13歳からこの世界で生きてきたからそう言えるのだろう。
彼女なりに、俺を気遣ってくれているのはよく分かった。
「わたしは直行くんの意見に賛成! 亡くなった人に対してあんまりよ! ちょっと注意してこようよ!」
「ありがとう小夜子さん」
やはり被召喚者として、この問題は看過できない。
犠牲者は静かに埋葬してやりたいんだ。
俺と小夜子は席を立ち、部屋を出ようとした。
それを止めたのは、レモリーだった。
「いいえ。直行さま、小夜子さまのお優しいお考えは理解できますが、優先すべきは敵将の尋問です」
彼女はドアの前に立ちふさがるようにして俺たちを制する。
真剣な眼差しだった。
「よくぞ言いましたレモリー♪」
エルマもそれに同調する。
俺と小夜子は顔を見合わせつつ、レモリーに話の続きを求めた。
「はい。まずは敵将から情報を引き出して、クロノ王国との本格的な停戦交渉を迅速に行うべきです。キャメルが生きているようなら、人質交換というカードも使えます」
「あ、そうだった、キャメル!」
レモリーの言うことはもっともだった。
「遺体から身ぐるみ剥いでいる御用商人は、尾ひれをつけてクロノ国王にご報告すればいいでしょう。ガルガ陛下を侮辱しながら装備品を剥いでいたとか♪ 国旗にお小水をかけてたとか♪」
「お嬢……」
「あわよくば、討伐してくれるかも知れません♪ あたくしたちが下手に関わってトラブルを起こすまでもありませんわ♪」
…………。
エルマの戯言はともかく、まずはクロノ七福人スーパーマハーカーラの尋問だ。
「エルマと知里さんは敵将の尋問に付き合ってくれ。小夜子さんは念のためパトロールを継続してくれ。魚面には鵺による上空からの哨戒を頼む。湖方面にも警戒してな。レモリーには臨時の指揮権を一任する。尋問中、何かあったら知らせてくれ」
「はい。直行さま」
こうして、俺は担当者ごとに指示を出して、敵の第二陣に備えつつ、戦後処理を進めた。
そして俺たちは、敵将の尋問に地下の拷問部屋へと足を運んだ。
◇ ◆ ◇
以前あった拷問部屋は、今は地下牢となっている。
〝鵺〟の猿と虎を捕えた際に、勾留場所として急ごしらえで改装したものだ。
知里とヒナ・メルトエヴァレンスという当代きっての術者による魔力封じの結界が張られている。
部屋はパーティションで仕切り、各人が顔を見合わせられないようにしてある。
それに加えてレモリーの精霊術による「沈黙化」で、口をきけないようになっている。
仕切られた部屋には粗末なベッドと簡易トイレが取り付けられている。
そして見張り役には監視カメラを手にしたガーゴイルを配置した。
昨夜からここに、敵の総大将スーパーマハーカーラを勾留している。
敵の大将を捕虜にした際の適切な処置かどうかは分からない。
両手は呪縛魔法をかけた手錠で拘束し、簡単には脱獄できないようにしてある。
ただ、クロノ王国の要人であるスーパーマハーカーラは、半裸の状態で膝立ちでベッドの上に座り、ただ壁を凝視していた。
大きな首のない頭と突き出した額。
顔の筋肉に埋もれた目鼻という極端な容姿なので、細かな表情までは分からない。
「これが敵将ですか♪ キンモ~♪ 改造人間か何かですか♪ 見てくださいよ直行さん♪ キンモいですわ~♪ とっとと処刑しちゃいましょうよ♪」
エルマはド直球で容姿を気味悪がった後、物珍しそうに敵将をジロジロ眺めた。
敵将とはいえ失礼すぎるストレートな言動に、俺と知里はあっけにとられるしかない。
「……でも直行。この姿はあたし、見覚えがあるよ。人間がもし、生身の肉体で交通事故に耐えられるように進化したらどんな容姿になるか……ってシミュレーションしたやつ。日本にいた頃、ネットで見たことがある」
「そう。マハーカーラ殿は、ご自身のその容姿が異界の研究結果であるという、その事実をご存じか?」
「…………」
エルマが火の玉ストレートで侮辱しても、俺がマジメに尋ねても、彼は表情一つ変えなかった。
もっとも、彼が何も言わなくとも、知里の『他心通』によって何を考えているかは筒抜けなのだが。
「マハーカーラって名前も、俺たちの元いた世界の宗教上の名前だし。まさか本名というわけじゃないだろ?」
「…………」
もちろん彼はダンマリだ。
しかし知里が突然表情を変えた。
「直行。こいつの本名がわかった。……〝ジュントス〟だって」
「え? ジュントスって……確かあの、法王庁にいた?」
「うん。ジュントス・ミヒャエラ・バルド・コッパイ公爵」
「……まさか!」
あの性欲が強そうな生臭坊主……じゃなくて、あの決闘裁判でさんざん世話になって、酒宴を共にしたジュントス氏が、この男だって?
「あの人が改造されて、いまここにいると……?」
「いやいや。法王庁で会った方は、実はこの人の替え玉らしいよ。こっちが本物のバルド・コッパイ公爵」
衝撃の事実に、俺は絶句した。
次回予告
※本文とは全く関係ありません
「へい! 義賊のスライシャーですぜ。しかしジュントスの旦那が替え玉とは驚きやしたぜ」
「好色な聖騎士らしいですわね♪ スラもお小姓さんだと目をつけられたとか」
「誰から聞いたんですかい?」
「あたくしはそっちの方が驚きですわ♪」
「両方いけるってことですかい?」
「違いますわ♪ 薄汚い盗賊にも興味を示すなんて、モノ好きなお坊さんですわ♪」
「……薄汚い盗賊はあんまりですぜ……」
「次回の更新は1月日を予定していますわ♪ 『シンデレラ・スライシャー』お楽しみに♪」




