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404話・名もなき墓標

 若い騎士リベルの仲立ちにより、停戦は成立した。


 ロンレア領に侵入したおおよそ3000の兵は、負傷者も含めて日没までには撤退していった。


 死者はそのまま打ち捨てられた。

 その数、34名。

 自爆させられたり、マハーカーラの乱心の犠牲になったり、混乱する軍勢に押しつぶされて圧死した者たち。


 こちらの攻撃による犠牲者ではないにせよ、戦争の犠牲者に変わりはない。

 いずれも名もなき兵士たちだ。


「ぞんざいな扱いだな。死者を弔う文化はクロノ王国にはないのか?」

「とんでもない! ……もちろん、ありますが……」


 犠牲となった魔導兵や騎兵は、寝袋に包まれた状態で輸送用の馬車に積み込まれた。

 俺はリベルに抗議したが、彼は瞳を伏せて首を振るばかりだった。


「わが軍の兵卒は下層民です。彼らには戸籍もなければ名前もなく、まともな教育も受けておりません。数も数えられないので、赤と青と左右違う靴を履かせて、行進させているのです」


 リベルは何の疑問も持っていないようだが、かなりひどい身分社会であると伝え聞く。

 しかも左右で色の違う靴の元ネタは、俺が元いた世界のとある国にあった。

 七福()という呼び名といい、俺たちのような異界人が、親政クロノ王国の中枢にかかわっているのは間違いなさそうだ。


 兵卒の遺体は、ロンレア領の街道わきに丁重に葬ることにした。

 墓地をつくることは無理でも、弔いの碑を建てておこう。


 俺はレモリーを通じて石工ギルドや墓堀り人を募り、墓地の建設に着手した。

 聖龍法王庁の例の2人組の司祭と神官戦士にも連絡して、戦没者追悼式なども行おうと思う。


 ひとまず、この件は役場のギッドに相談した上で担当者を決めておこう。


挿絵(By みてみん)


 最低限のことしかできないのは心苦しいが、戸籍がないとなると遺族に連絡もできないな。

 せめて丁重に葬ってやることしかできない……。


 もっとも、死者たちのことばかりを思ってはいられない。

 捕虜にした敵将マハーカーラから、情報を引き出さなくてはならない。

 自害されても困るので、警備は厳重にしないといけないし。

 牢屋はすでに捕えた〝鵺〟の猿と虎で満杯だし、勾留先をどうするかも考えないとな。


 勝ったはいいが、戦後処理は山積みだ……。

 マハーカーラの尋問と勾留問題だけは、俺と知里で当たるしかない。

 

 ◇ ◆ ◇


「直行どの、このたびは完勝でしたな」

「さすが直行さまだぜ。単騎で敵将を捕虜にするとは!」

「お見事です……と、言いたいところですが、随分と無茶をしてくれましたね。あなたが死んでいたら、我々は終わりですよ?」


 俺たちが役場前に戻ると、ギッドやクバラ翁たちが出迎えてくれた。

 皆、信じられないといった面持ちでこちらを見ている。


「エルマの姿がないけど、奴は?」


 クバラ翁が、シェルターの方に目をやる。


「……直行さん♪」


 エルマは悠然と、姿を現した。

 傍らには闘犬の試合を終えたばかりと思われる白と黒のコボルトが2体付き従っていた。


「直行さん。完勝と聞きました♪ まあ当然ですけど、道半ばですからね♪」


 エルマは毅然として言った。

 少しも驚かずに、まっすぐに俺を見て不敵に笑う。

 奴の表情は、おそらく生涯忘れることができないだろう。


「あの虹に誓った大願は、この程度の勝利では足掛かりにもなりませんわ♪」


 エルマは勝利に浮かれてはいない。

 そんな彼女の様子に、レモリーも強く頷いた。


「分かってる」


 確かに俺たちはまだ勝ち切れていない。

 役場の職員や各種ギルドが勧めてくれた祝勝会などは全てキャンセルし、非常事態宣言は継続した。


 もっとも、知里がダウンしているので肝心な尋問は行えない。

 俺たちは風呂と簡単な夕食を済ませた後、今後の和平交渉に向けた作戦を準備した。

 

 ◇ ◆ ◇


 翌朝。

 ロンレア防衛戦から一夜明けた。

 領内は雨が降っていた。

 レモリーによると、戦などで血が流れた土地は水の精霊が活発化し、雨を降らせるのだという。


 俺たちは朝の支度を済ませると、さっそく執務室に対策メンバーを呼び出した。

 エルマ、レモリー、魚面、小夜子……。

 そして、知里。


「くあ……おはよ」


 本人が言った通り、知里は普通に起きてきた。

 ただ、目の下には濃い隈ができていて、少しやつれたような印象も受ける。

 心配していた頬の傷は、元通りに完治していた。


「知里、大丈夫ーー?」


 いち早く気づいた小夜子が駆け寄り、知里をギュッと抱きしめた。

 少し身を引きながらも、知里は照れ臭そうに笑顔を見せる。


「ちゃんと眠れたの? 顔の傷は大丈夫ね。良かったわ! 心配したのよ。うん、きれいに治ってる」

「ありがと……」

「でも、すごく顔色が悪いわね。朝ごはんちゃんと食べたの?」

「人を呪わば穴二つってね。闇の魔法はリスクが大きい……」

「……知里」


 小夜子の心配はもっともだ。

 知里は他人事のように言うが、明らかに心身ともに衰弱している。

 無理はさせたくないが、ほかに頼む相手もいない。


「直行。気を使わないでいいよ。あたしとしても、クロノ七福人にはキッチリと落とし前をつけなきゃならないから」

「了解した。では知里さん。捕虜にした敵将マハーカーラを尋問したいんだ。手を貸してくれ」


 俺が改めて声に出し、知里に手を差し伸べた矢先──。

 執務室のドアを激しくノックする音が聞こえた。


「申し上げます。旧クロノ王国の王室御用達商人たちの一派が、クロノ王国軍の死体を漁っています」

「な、何だとぉ!」 


 俺は驚いて椅子から転げ落ちるところだった。

 国を追われた商人たちの身柄を、一時的に保護してはいたが……。

 まさかそんな身勝手なことをするとは考えられなかった。


 よりによって、死体漁りとは……。




 次回予告

 ※本編の内容とはいっさい関係ありません。


「あれ? 直行さん♪ 今日は更新の日でしたっけ?」

「いや。どうも作者が更新の日にちを間違えたようだ」

「ちゃんと日程を守ってもらわないと困りますわね♪」

「そうだな。で、次回の更新は」

「次回の更新は1月23日を予定していますわ♪」

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