3話・"差し押さえ品"
俺は躊躇している。
さすがに『差し押さえ』なんて書いてある家具に腰かけるなんて、気が進まない。
「直行さん遠慮なさらずに♪」
「はい。どうぞおかけください」
令嬢エルマと従者レモリーに念を押されるように言われてしまった。
なので俺は、仕方なく深緑色のソファに浅く腰を下ろした。
元は高級な品なのだろうが、若干くたびれていて座り心地がいまひとつだ。
「さて……と。あたくしちょっとお手洗いに行ってまいりますわね」
「はあ?」
「召喚するとき、ちびりそうになったので♪」
「……」
「従者のレモリーがお茶を用意しますので、しばらくお待ちくださいませ♪」
エルマは静かに部屋を出ていった。
レモリーと呼ばれた金髪のクール&ビューティな従者が、手慣れた様子でお茶を淹れている。
家具を差し押さえられるほど金に困っているはずなのに、いい香りのする茶や高価そうな菓子を出すところが貴族らしい。
「……レモリーさん。どうぞお構いなく。というかその、水でいいですよ」
「いいえ。ここ旧王都の生水ではお腹を壊してしまいます」
「……」
俺はソファに浅く座ったまま何度か足を組み替えたり落ち着かない。
そういえば家の中なのにスニーカーを履いたままだ。
「いいえ、直行さま。落ち着かないご様子ですが、どうぞ楽にしてください。お嬢様も私も、あなたに危害を加えるつもりはありません」
そもそも強制的にこんなところに連れてこられて、落ち着けと言われても……。
父親が漁師で母親の実家が農家という家庭で育ったので、この手の洋風で改まった空間がどうも苦手ということも多分にあるけどな。
ましてや『差し押さえ』の札が至る所で目につくし。
「……レモリーさんと仰いましたっけ?」
「はい」
「あなたも『転生者』なのですか?」
「いいえ。私は、この世界の人間です。両親はドルイドです」
情報というモノは大抵の場合、他愛のない会話から入手できるものだ。
それとなく、探りを入れてみる……。
「『転生者』や『被召喚者』って珍しいのですか?」
「はい。英雄と呼ばれる『転生者』はおられますが……。英雄以外で私が個人的に知っているのはエルマお嬢様だけです」
なるほど、『転生者』の中には英雄がいる、と……。
「ですが、異界人であることを隠している人もおられます。エルマお嬢さまが転生者であることは、当家の最重要機密ですので、お心にしまっておいてください」
「秘密、ですか」
よく分からないが、異界人をめぐってはややこしい問題がありそうだ。
「……で、そのエルマお嬢様は俺を召喚魔法でこの世界に呼んだみたいですけど。こういうことはしょっちゅうやっているのですか?」
「いいえ。今回が初めて、というか“かなりの無茶”ですね」
「……と言いますと?」
「いいえ。従者の立場ですので、具体的にはお答えいたしかねます」
どうでもいいけど、従者レモリーは話の初めに「はい」か「いいえ」を言うんだな。
「はい。お茶が入りました。これはマー茶でございます。お嬢様によれば“エジプトのカルカデ”に近い味だそうですよ」
純金製のカップに、見たこともないような真紫のお茶が注がれた。
カルカデ?
「……いただきます」
おそるおそる飲んでみると少し酸味が強い、アセロラにナツメグなどの香辛料を混ぜたような味だろうか。
異国情緒たっぷりだ。
正直、のどがカラカラだったので助かった。
なんかやっと、一息つけた感じだ。
「お茶、美味しいです」
付け合わせのお茶菓子も香味の強いビスケットのようで、悪くはない。
「ところで、お嬢様の言っていた“失敗したら死ぬ”ということについて、詳しく教えてもらえますか?」
「いいえ。何の事でしょう?」
あっけなく、平然と知らないふりをされてしまった。
いや、従者レモリーは本当に知らないのか?
そうこうするうちに、この館の令嬢であるエルマが戻ってきた。
窓から差し込む光に透けて、髪の毛がピンク色に輝いている。
彼女は元日本人だと言っていたが、染めでもしないとこの髪の色にはならないだろう。
俺は、わざとらしくならないように話題を変えた。
決してレモリーに根掘り葉掘り聞いていたわけではないけど、何となく気まずい。
「直行さん♪ お待たせいたしました」
エルマは黒羽の扇子をはためかせながら、ややあごを上げ、視線をこちらに向けている。
「どうも。このマー茶なんだけど、エジプトの何に似てるって?」
「ハイビスカスティーですわ♪ こちらの世界でも花で作りますの。大したおもてなしはできませんが、せめてくつろいでいただけたら幸いですわ♪」
「……つうか『差し押さえ』だらけの家具でくつろいでくれと言われても……」
「それもそうですわね♪」
「……」
見かけは子供だが、相手は人間ひとり異世界から引っ張ってこられる召喚士だ。
“失敗したら死ぬ”と言われたが、俺には何かしら「呪い」のようなものがかかっているのかもしれない。
逆らうわけにはいかないよな……。
「……で、売りさばいてほしい商品とは? とりあえず現物を見せてくれないか」
「では、あたくしがご案内します。レモリーは客室の掃除をお願いね♪」
「はい。承知しました」
レモリーは俺に対しても丁寧に礼をして、応接間から出て行った。
そして俺はエルマに連れられ、廊下に出た。
「こちらが倉庫ですわ」
案内された倉庫には、たくさんの木箱がうず高く積まれていた。
1つ1つの大きさはデスクトップパソコンくらいだろうか。
差し押さえの札は貼られていない。
エルマは木箱の中から茶色の小瓶をひとつ取り出すと、俺に差し出した。
「直行さんに売りさばいてほしい商品はこちらです♪」
この茶色い小瓶は、何だろう。
はい。皆様はじめまして。
従者のレモリーと申します。
話の初めに「はい」か「いいえ」を言うのが私の特徴です。
長い物語になりそうです。
よろしければお付き合いくださいませ。