395話・戦場のにおい
「どりゃあああ!」
勇ましい雄たけびを上げながら、小夜子は自転車を立ち漕ぎして敵陣を突破していく。
ピンク色の障壁をまといながら、敵の軍勢の隙間を縫うように、猛スピードで駆け抜ける。
クロノ王国の正規兵たちは異様な装いをしていた。
馬上の指揮官たちこそ金属鎧に槍斧という馴染み深い騎士の装いをしているが、歩兵たちは極彩色の羽根飾りと、小さな金属をうろこ状につなぎ合わせて重ねたような鎧を着ていた。
古代ローマや古代中国などの兵士の装備をミックスしたような……。率直に言って妙にパチモンくさい。
「単騎駆けだと? 迎撃しろ! 弓矢隊!」
馬上の将兵が号令をかける。
すると弓矢を持つ兵の一団が一斉にこちらに向けて矢を番える。
「おいおい、味方ごと撃つのかよ?」
「急いでこの場を切り抜けましょう」
小夜子は敵の同士討ちを避けるように一定の距離を置こうとするが、向かいの一団が突然現れて、壁のように俺たちの前に立ちはだかる。
死霊のような顔をした大柄の兵士たちだ。
こちらが超高速で移動しているにもかかわらず、突然姿を現した。
──空間転移魔法による瞬間移動。
「青、赤、青、赤……」
大柄の兵たちの指揮をとる騎士は、呪文のように色の名を繰り返していた。
兵たちはうつろな目で、自分たちの足元を見ながらうわ言のようにつぶやき、行軍してくる。
「青、赤、青、赤……」
「……気味が悪いわね」
「見てよ小夜子さん、あいつら青と赤の色違いの靴を履いてる」
「ホントだ!」
右足は青い靴。左足は赤い靴。
指揮官の号令に合わせて、交互に足を動かしている。
洗脳なのか、何かの暗示なのかは分からないが不気味な光景だ。
「そこだ! 放てー!!」
弓矢隊の指揮官の号令が飛んだ。
うつろな目の巨漢兵士を巻き添えにして、一斉に矢が放たれる。
矢、というよりも空を覆い尽くす、真っ黒な〝描線〟のようだ。
それだけではなく、スリングショットによる投擲も続く。
ロンレア国境付近は立ち込める戦塵と、どこからともなく漂う血の臭いに満たされた。
「味方ごと撃ってきやがった」
「痛いっ」
無慈悲な攻撃に驚いた途端、小夜子の〝恥じらい〟が解けてしまった。
彼女のむき出しの太ももに、流れ弾ならぬ投石が当たって腫れ上がる。
矢だったら無事では済まなかった。
闘気をまとえる小夜子ならともかく、俺はアウトだ。
俺はすぐに『逆流』を発動させ、『回避+3』を周囲に発動させる。
自分で回避するよりも、効果を周辺に及ぼすことで、こちらに飛んでくる攻撃が勝手に避けてくれる地場をつくり出す。
障壁による盾と回避盾の二重構造で敵の攻撃を無効化する。
「小夜子さん、ゴメン!」
ダメ押しで俺は自転車の後ろから小夜子に抱きついた。
「キャッ!」
小さな悲鳴とともにピンク色の障壁が蘇る。
本人から「恥ずかしい思いをさせて」などと羞恥プレイかと錯覚するようなお願いをされているゆえのやむを得ない行動ではあったものの、傍から見たらセクハラだろう。
とはいえこちらも命がかかっている。
「敵に構わず、大将首を獲りにいこう!」
「そうね! 一刻も早く」
小夜子は自転車の重心を大きく後ろに傾け、ウィリー走行のような状態になる。
そうして自身のバリアの反発を利用して自転車ごと大きく飛んだ。
「空に逃げた! 魔導砲!」
敵の指揮官の号令以下、長い砲身の魔導砲がこちらをとらえる。
「サセルカ!」
しかし、さらに上空から魚面を乗せた純白のグリフォンが大岩をぶち当ててくれた。
この隙に、俺たちは一気に距離を詰めて敵の一団をかわす。
「先鋒は抜いた! 次!」
単騎による奇襲に敵は浮足立っている。
この機は逃せない。
陣形が整う前に、敵陣深く潜り込む。
俺の『回避+3』と『逆流』と、彼女の防御スキルはとても相性がいい。
槍衾をはじき返し、矢の雨をすり抜ける。
「レモリー。そちらの状況は? どうぞ」
俺は通信機を手に取って、彼女を呼び出した。
「はい。こちらスフィスさまと共に街道沿いの森を進行中です」
「伏兵がいると見せかけたい。並走して敵の指揮官を叩いてくれ。どうぞ」
「はい。心得ました! しかと伝えます」
俺は通信を打ち切る。
目の前には巨大な回転のこぎりを持った大男が迫っている。
身長は3メートル以上あるだろう。
食人鬼……に見えるが、正規兵の軍装をしている。
チェーンソーよりも丸型で危なっかしい凶器が俺たちに迫る。
「どいてえええーーー!!」
しかし小夜子は動じず、巨大な回転のこぎりを抜刀して受け止める。
勇者トシヒコの愛刀「濡れ烏」は、軽くなぞっただけで、回転のこぎりの軌道を大きく逸らし、大男はつんのめって倒れた。
「いっくよおおおーーー!!」
小夜子は刀を口にくわえたまま立ち漕ぎで敵の間をすり抜ける。
俺は驚き、呆れながらも彼女にしがみつくので精いっぱいだ。
「自転車通学が鍛えた脚力! 朝夕2キロの坂道を! 行ったり来たりの女子高生! とらえてみせよう大将首。昭和の女の意地と度胸と日本晴れ!」
小夜子はよく分からない啖呵を切って、そのまま突撃体制を取った。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「なあクバラ爺さん。アンタ博打が強いっすね。こちとら素寒貧だぜ」
「勝敗は兵家の常。勝つときもあれば、負けるときもありましょう」
「なあ爺さん。あっしに博打を教えてくんねえですかい?」
「スライシャーさん。アンタ盗っ人でございやしょう。博打なんざ教えるわけにはいきやせん」
「まあそう言わずに頼みますぜ、爺さん」
「アンタも盗っ人なら、博打の極意を盗んだらよござんしょう?」
「するってえと、もう一勝負ですかい? しかし残念ですぜ。もうあっしは無一文だ」
「少しばかり融通しやしょう。いかがですかい?」
「爺さん、金貸してくれるんですかい?」
「ふふ。次回の更新は12月29日でごぜえやす。『賭博黙示録スライシャー、借金のカタに遠洋漁船の旅』お楽しみに」




