394話・出陣
自転車に2人乗りして突撃する。
漕ぐのは小夜子で、俺は後輪のハブステップに足をかけ、彼女の剥き出しの肩に手を置く。
「しっかりつかまっていてね、直行くん」
「お、おう」
役場からの道を、2人乗りの自転車は進む。
スキル『乙女の恥じらい』によって生じた障壁を維持しつつ、敵陣を突破して大将スーパー・マハーカーラを生け捕りにする。
自分で考えておいて言うのも何だが、かなり無茶な作戦だ。
すでに住民は地下シェルターに避難してもらっているので、領内には人っ子一人いない。
ただ、牛や豚や羊などの家畜は、そのままの状態で置き去りだ。
俺は領主代行として、住民の生命と財産を守る義務がある。
……などと、タテマエを言うつもりはない。
いわゆるチート能力を持たない俺が、この世界でどうにかやっていくためには、ロンレア領という土台がなければならないからだ。
結果として、被害を最小限に抑えられればそれでいい。
「街道に出たら、もっと飛ばすわよー!」
市街地から耕作地へと移り、自転車はやがて国境付近に差し掛かる。
俺たちの後ろからは、騎乗したレモリーが付いてきてくれる。
「小夜子さん、加速する前に皆に指示を出しておきたい」
そう言って俺は、通信機を取り出した。
「レモリー、俺は先行して本陣を急襲する。レモリーは見張り塔からスフィスを連れて、敵の足止めをしてくれ。どうぞ」
「はい。承知しました。どうぞ」
エルフの射手スフィスを、レモリーに連れ出してきてもらう。
単身敵陣に突撃する以上、飛び道具の援護は欲しい。
ネンちゃんの父親と一悶着あったようだが、スフィスの言い分を最優先すると約束しよう。
スフィスにはエルフの誇りがあり、精霊石を利用した通信機の使用を嫌う。
そこでレモリーの風の精霊術によって、意思疎通を頼んだ次第だ。
「見張り台に住んでたエルフの男の人を、伏兵にするのね」
「ああ。厳密には、〝たくさんの伏兵がいると見せかける〟ためだけど」
次いで俺は、魚面を呼び出した。
「魚面、俺と小夜子さんで障壁を張りながら敵陣突破して、大将を生け捕り、もしくは殺害する。君は上空から敵陣を撹乱させてくれ! 特に魔導砲と魔導兵たちの排除を頼む。どうぞ」
「ワカッタ! 直行サンの良いようにヤルヨ」
上空のアルビノグリフォンを駆る魚面には、空からの援護を頼んだ。
殺し屋稼業から足を洗った矢先に、物騒な頼みごとをするのは心苦しいが、他に選択肢はない。
「小夜子さん、こちらの用は済んだ。飛ばしてくれ!」
「OK! いっくよー」
普通に自転車を漕いでいた小夜子が、闘気を身にまとった。
一瞬、すさまじいオーラで俺は弾き飛ばされそうになる。
小夜子ら魔王討伐軍の主力組は、闘気を身にまとうことで超人的な身体能力を得る。
男性の筋力を遥かに超えた、バトル漫画の登場人物のような、あり得ない戦闘力を発現させるのだ。
「キーーーーン!」
どこかで聞いたようなかけ声とともに、闘気をまとった小夜子はペダルを漕ぐ。
この自転車のチェーンは、錬金術師アンナ・ハイムによって魔力コーティングされている。
闘気を流した力に呼応し、物理法則を超えた超加速にも耐えられる。
すさまじい風圧を起こして、自転車は飛ぶように進む。
馬上のレモリーも、この速度にはついて来られない。
俺は、飛ばされないように小夜子の腰にしがみついた。
引き締まった肉体に、ちょっと興奮する。
「ヤダ! 直行くん変なとこ触らないで」
「ゴメン。でも、振り落とされちまうから……」
俺にしがみつかれて恥ずかしいのか、小夜子の障壁はピンク色に染まっていく。
そして弾丸のような速度で、敵陣をめざす。
「うぎぎぎぎぎぎ……」
あまりの風圧に、俺は声も出せない。
時速100キロは出ているんじゃないか。
「あ、ゴメン直行くん」
小夜子が障壁を広げて、俺を包んでくれた。
背中越しに俺の目を見る彼女。
「わたしのスキルには、ひとつ欠点があるの。集中しちゃうと、恥ずかしくなくなって障壁が弱くなるから、なるべく恥ずかしい状態を維持させてね」
「お、おう……」
間の抜けた会話だが、こっちは命がけだ。
「先鋒が見えてきたよ! どうする?」
まだ俺の視界には入って来ないが、闘気をまとった小夜子には数キロ先まで見えるようだ。
メガネをかけているのに、俺の何十倍も視力がいいなんて反則だ。
「障壁を展開させつつ、敵をすり抜けながら本陣を目指す」
「分かったわ!」
そう言って、小夜子は敵陣めがけて猛スピードで自転車を立ち漕ぎしていった。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「知里さん♪ クリスマスに何か思い出はありますか?」
「別に。クリスマスは中止じゃなかったっけ」
「さすがですわ♪ 知里さんも、クリぼっち仲間ですわ♪」
「まあね。……でもこの話をすると直行がツッコむんだよね」
「別に俺の話はいいだろ」
「聞きましたか知里さん♪ さすがぼっちキング、20年もぼっちだと自分の話さえしたくなくなります♪ カッコいいですわ~♪ ねえ知里さん♪」
「まあね」
「……次回の更新は11月27日を予定しています。『歳忘れエルマの断末魔の巻』お楽しみを」
「ぎゃぺっ」




