393話・たとえば俺が死んだら
「直行さん。一応、強力な方も用意しましたから、生け捕りが面倒だったら始末しちゃってくださいな♪」
「お前なあ……人の命を何だと思ってるんだ」
「敵ですからね♪ 容赦なく♪」
鬼畜令嬢エルマから渡された吹き矢用の矢。
以前のサスペンダー型のホルダーに装填していく。
「がんばってくださいね直行さん♪ できれば死なないでほしいですけど、死んでも化けて出てこないでくださいね♪」
「ああ」
俺はエルマと拳を合わせる。
彼女の手は、震えていた。
憎まれ口を叩くのは、奴なりの気遣いなのだろう。
俺は奴の頭をくしゃっと撫でて、シェルターの戸を閉めた。
「さて……」
部屋の外には、レモリーが控えている。
思いつめた表情で、ジッとこちらを見つめていた。
死地に赴く男を送り出す女の凄味を感じた。
俺の心にも、熱いものがこみあげてくる。
「……レモリー。行ってくるよ」
「はい。どうか、ご無事で。私も通信兵としてサポートいたします」
「頼む」
俺は、レモリーを抱きしめたい衝動にかられた。
しかしできるだけクールを装いながら、周囲を伺った。
シェルターに戻ったはずのエルマが、入り口から覗いている気がしたのだ。
レモリーの手を取り、地下への入り口の隠しタイルの上に立つ。
「レモリー!」
「直行さま!」
どうして突然そんな感情がこみ上げてきたのかは分からない。
たぶん〝死ぬかもしれない〟という恐怖が、性の衝動のようなものに結びつくのだろう。
心臓はバクバクいっていた。
彼女も緊張しているようだ。
これが最後の別れになる可能性もある。
だから抱きしめなきゃいけない。
一度は駆け落ちまで考えた間柄だ。
しかし俺は政略結婚とはいえ、エルマの夫ということになってしまった。
公認の愛人ということになっているが、それはそれで後ろめたい。
エルマの得意げな、茶化したような笑みが、レモリーの背後から感じられるのだ。
だから俺はレモリーに対して、いまひとつ煮え切らない態度になってしまう。
情けなくも、俺は立ち尽くすだけだった。
すると、レモリーから歩み寄り、俺を強く抱きしめた。
「……レモリー!」
「どうかご無事で! ご主人さま、直行さま……!」
「……」
レモリーの決意は重く、情熱的だった。
俺たちは何かに流されるように強く抱きしめ合い、口づけを交わす。
死と隣り合わせの、危険な恋愛感情に我を忘れそうになった
そのとき、すっとんきょうな自転車のベルが鳴った。
「直行くーん! 来ーたよー!」
死地へ赴く俺の覚悟を打ち砕くような、とても陽気な小夜子の声だ。
チリンチリンと間の抜けた自転車のベルが鳴り続ける。
「…………」
「お、おう……」
「いいところだったのに♪」
地下室に消えたはずのエルマが、クローゼットから現れた。
「え? さっき確かに地下に押し込めたはずだが……」
「空間転移魔法ですわ♪ ついでにお2人には媚薬を注入しました♪ 戦を前に昂った中年男女の激しい情事を見学できると思ったのですが、残念ですわ♪」
「……お前なあ」
「レモリー、直行さんとの間に子供を授かったら、直行さんが死んだときに限って嫡子とします♪」
「いいえ、お嬢様! 私は……」
「こんな時に縁起でもないこと言うなよエルマ! シャレになんないぞ!」
「直行くーん、早く行かないと。魚ちゃんが死んじゃうよー」
何だか拍子抜けというか、収拾がつかなくなってきたな。
俺は深呼吸して〝戦場に臨む〟心を呼び戻す。
「レモリー。もし俺が死んだら、エルマを頼む」
「…………」
「……」
それだけを告げて、俺は部屋を出た。
レモリーは答えなかった。
エルマも。
自分で死亡フラグを立てるのも何だが、今度ばかりはどうなるか分からない。
計算が立たない策を実行するのは初めてだった。
「直行さん!」
「直行さま!」
追ってくるエルマとレモリー。
俺は後ろ手で2人に別れを告げた。
玄関を出ると、ビキニアーマーの小夜子が自転車に乗って、こちらを見ていた。
「直行くん。本当にやるのね?」
「ああ。この方法が、もっとも犠牲者が少なく、戦争を収めることができる」
俺は自転車の荷台に腰を下ろすと、
「小夜子さん、ちょっと失礼」
彼女の腰のベルトにつかまった。
「あ、ちょっと待って下さい♪ その体勢での2人乗りでは、直行さんも吹き矢が打ちにくいでしょう♪」
そこにエルマが割って入り、何やらボルトのような物を召喚した。
「自転車2人乗り用のハブステップですわ♪ 道交法違反ですが、ここはロンレア領、あたくしたちが法律です。ジャリー♪」
彼女が指をパチンと鳴らすと、下僕のコボルトが駆けてきて、ハブステップを自転車に取りつけている。
白い腹の出たコボルトだが、黒い奴よりも目端が利き、細かい作業もできるようだ。
「さて。これでよしですわ♪ 直行さん、ご武運長久を♪」
エルマはそう言って、俺を送り出した。
レモリーも騎乗して、後に続く。
俺は小夜子の自転車の後ろに立ち乗りして、ハブステップに足を置いた。
彼女の肩に手を置く。
足と腰はベルトで固定しているので、さっきよりも安定している。
いざという時は2人乗りをしながら両手が使える。
「小夜子さん、この戦いはあなたの障壁にかかってる。少し恥ずかしい思いをさせてしまうかもしれないけど、あなたに決して人殺しをさせないためだ」
「分かってるわ、直行くん」
小夜子は緊張しているようで、首筋や背中に汗が浮かんでいた。
そのひと雫を、俺は指でなぞる。
「ひゃッ!」
彼女は素っ頓狂な悲鳴を上げて、桃色の障壁を発生させた。
「今だ! 九重 直行、出る!」
「八十島 小夜子いきまーす!」
俺たちは敵陣を目がけて、出撃した。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「今年もクリスマスは中止ですわね♪ ねぇ知里さん?」
「当然よ。ふん」
「えー?! どうしてそんなこと言うの2人とも?! 楽しいクリスマスが、何で中止なのよ?」
「あら小夜子さん♪ 昭和ではそうでしょうよ♪」
「……いやいや、あるでしょお小夜。残酷なまでに中止の案件が。思い出してみなさいよ」
「えっ……?」
「ふん。気になる人は 星飛○馬 クリスマス で検索!」
「うわぁーそんな大昔のアニメ観てるなんて知里さんてやっぱりオタクなんですわね♪」
「ふん! 兄に教わったのよ。さて次回の更新は12月25日になります。『何がクリスマスじゃあいの巻』。お楽しみに\(^o^)/」




