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390話・悔やんでも悔やみきれないほどの

 

 触れれば即死の濃い紫色の煙霧が、通常ではありえない速度で広がっていく。

 禍々しい瘴気の渦が、知里を呑み込む。


「五臓六腑が腐り果てて死ぬ。きれいに死ねると思うな〝クソ猫〟が」


 ソロモンは唇をゆがめて嘲笑った。

 

「……この程度の魔力で勝った気になっているなんて、つくづくおめでたい頭をしているのねソロモン」 


 煙霧の中から、知里の声が響いてきた。

 ソロモンは驚き、目を見開く。


「バカな! いくら禁呪使いとて人間である以上、暗黒の瘴気に耐えられるはずがない」

「子供を盾にしたことも含めて、あなたには相応の末路が待っている。悔やんでも悔やみきれないほどの……ね」


 瘴気の中から聞こえてくる知里の声。

 その声とともに、側面から呪縛魔法が飛んできた。

 さらに同時に真下から現れた幻獣〝鵺〟が、ソロモンの両足の大腿部から下を噛みちぎろうと大きく口を開けて攻めかかる。


「くっ!」


 加速スキルを常時発動させる三尖両刃刀トライアドの力で直撃を避けたソロモンだが、左足首から先を持って行かれた。

 鮮血が吹き出し、一瞬で顔が青ざめる。


 挿絵(By みてみん)


「傷口から蟲毒を流し込んであげる。長く苦しんで死ぬといいわ」


 知里は冷たい笑みを浮かべた口元から呪詛を投げかける。

 彼女の取った戦術もシンプルだった。

 通信機を浮かせたまま、幻術で姿をくらませた。

 

 先日死闘を繰り広げた暗殺者集団〝鵺〟の戦術を応用したものだが、予想以上に効果的だった。


「ぐおおおおーっ」


 失った左足首の傷口から、闇の魔力で形成された百足や蚰蜒(ゲジ)、ゴカイ類などのおぞましい姿をとった蟲毒の類が潜り込んできた。

 喰い破りながらソロモンの体の中を這い上がってくる。


 傷の痛みと、肉体を蝕む呪いの効力に、ソロモンの意識は飛びかけた。

 ……薄れゆく意識の中で、彼は思う。


 ──瘴気をものともせずに、瞬時に解放した闇の魔力。

 この女、まさか情報相の言っていた〝ヒルコ〟か──。


「あたしが……〝ヒルコ〟だって?」


 思いもかけない人物の名に、知里はうろたえた。

 ヒルコ。

 その存在は、日本からの転生者たちの間ではよく知られている。


 特にこの世界に転生した少女が、13歳の誕生日を迎えた時に現れては〝人間を召喚するためのアイテム〟『人間のアカシックレコード』を配って歩いている。

 知里の知る限りでも、ヒナ・メルトエヴァレンス、エルマ、魚面の3人が接触している。


 その存在が、自分と何の関係があるのか、知里には意味が分からなかった。


 ただその名を聞いたとき、自分の臓物を素手で触られたような、ありえないほど生々しい嫌悪感があった。


「どういうこと? 死ぬ前に説明しなさい!」 


 それを確かめるために、知里は〝蟲毒〟から〝強制〟へと術式を変えた。

 〝強制〟の魔法は、対象の精神に強く訴えかけ、術名通り、命令を強制する効果を持つ。


「!!」


 ソロモンは、術式が切り替わった瞬間を見逃さなかった。

 知里の命令が届く前に、魔槍トライアドのスキル能力『加速』を使って逃亡を企てたのだ。


「しまっ!」


 一瞬の隙をつかれた知里は、切断された足先に禁呪の影を差し向けたが、迷いなく『加速』するソロモンを捕えることはできなかった。

 

 彼は切断された足首から先を顧みず、ひたすらに逃げる。

 身体のパーツを失った場合、回復魔法では欠損部分は元に戻らない。

 なりふり構わず、ただ逃げるだけに専念したソロモンを追うことは難しかった。


「…………」


 知里は拳を握りしめ、歯を食いしばって天を仰いだ。

 今回もあと一歩のところで、ソロモンを確実に絶命させることができたにもかかわらず、その機会を逃した。

 知里にとっては、悔やんでも悔やみきれないほどの痛恨のミスだった。

 

 一方で、その原因ともなった〝ヒルコ〟と自分との関係──。


 ソロモンの〝痛みの変換〟によってえぐり取られた頬の痛みが、思い出したように知里を襲う。

 傷口は燃えるように熱を帯びてきた。


 しかし彼女は立ち止まるわけにはいかない。

 ソロモンを追いたかったが、戦争は始まったばかりなのだ。

 直行に協力した以上、この戦の幕引きの一端には責任を持つつもりだった。


「個人的な恨みよりも、請け負った仕事を優先しないとね。冴えたやり方じゃないよね」


 彼女は自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 そして鵺を呼び、斬り落とした量産型魔王の首をくわえさせた。


「…………」

 

 子供たちは、あまりにもおぞましい魔力戦に言葉を失っていた。

 彼らにとって、今回のソロモンの行動がどう映ったのかは知里には興味のない話だ。

 何があろうとも、ソロモンだけはこの手で葬らなければならない。

 知里は今度こそ復讐を誓った。


 痛みをこらえつつ、知里は直行の元へと戻って行った。

 次回予告

 ※本編には全く関係ありません。


「さあ皆さま! 第2回エルマ(カップ)の開催ですわ♪」

「有事にコボルトで闘犬とは、肝の座ったお嬢様ですな」

「クバラお爺ちゃま♪ 当然ですわ♪ わがロンレアは代々武闘派の家柄」

「承知しております。先々代は博打好きでもありました」

「さあ皆さま♪ 茶か黒か♪ 一口1000ゼニルですわ♪」

「茶色は新顔ですな」

「せっかくだから召喚しましたわ♪」

「じゃあ5000ほど賭けてみましょうかね」 

「さあ次回の更新は12月19日ですわ♪ 『期待のニューカマー茶色コボルトVS右フックの黒』お楽しみに♪」

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