38話・SSRの実力
「こちらの戦力を確認したいんだけど!」
ローランドジャケットを着た彼女は、俺たちの頭上で叫んだ。
宙を舞うホバーボードに乗り、上級悪魔の放つ光弾や物理攻撃を、それに先んじて魔法反射と物理反射のバリアを張ることで、撥ね返している。
彼女は、敵の攻撃を完全に予測していた。
拳などの物理攻撃には物理反射、光弾などの魔法攻撃には魔法反射。
敵が何もしてこない時には、こちらからすかさず魔法攻撃。
敵の思考パターンを正確にとらえていないと、そのような芸当は不可能だ。
魔法を使えない俺にだって、それくらいは分かる。
彼女は、各種反射魔法を駆使しながら、俺たちに指示を飛ばした。
「金髪の姐さんは精霊使いね。『火柱』できる?」
「……はい。大技ですが、どうにか」
「あたしが合図するタイミングで『火柱』撃ってみて!」
「はい。了解です」
凄腕の冒険者は涼しい顔で、敵の攻撃を反射・無効化し続けている。
たぶん汗ひとつかいていないんじゃないか。
「そこの地面をコピペしたスキル『複製』の使い手は誰? 術式のコピーはできる?」
「あたくしですわ! でも、術式のコピーなんて知りません」
「タピオカ飲んでたお嬢ちゃんね。あと術者は……いないの?」
俺はチラリとネリーを見た。
風の精霊によって辛うじて呼吸ができているものの、顎が欠損してしまって詠唱どころではない。
生きているのがふしぎなくらい重症だ。
そんなネリーを盗賊スライシャーと戦士ボンゴロが庇い、手当を続けている。
「あの3人はちょっと戦える状態じゃなさそうね」
中空からは怒涛のように上級悪魔の攻撃が続いていた。
しかし、それらすべてを、「頬杖の大天使」は無効化していく。
ちょうど下から見ていると透明なビニール傘ごしに土砂降りの雨を見上げるような奇妙な光景だ。
それにしても、すごすぎる。
〝因果律予測〟の使い手か?
〝人類の革新〟?
それとも単なる〝超能力〟か?
〝読心術〟か……?
この女が頭上で敵の攻撃を防いでいなかったら、おそらく俺たちは一瞬で消し炭かミンチなのだろう。
しかし同時に疑問は残る。
なぜ上級悪魔は、初めから攻撃をしてこなかったのか……と。
「……それは奴に下された命令が〝飛竜による強襲〟の〝監視〟だから! それよりもお兄さんの得物は何?」
奴に下された命令? 奴は誰かに命令されているというのか?
……って、何でそれを彼女が知っているんだ?
というか、俺はさっき疑問を口に出したっけ?
……いやまて。今はそんなことを考えている時じゃない。
「得物? ……ってコレのことか?」
俺は吹き矢を掲げて彼女に示した。
「うわあ……。アンタ吹き矢で飛竜と上級悪魔に挑んだの?」
ドン引きされてしまった。
「まあいいわ。何にせよ奴の魔法障壁を崩さないとダメージは通らないし、奴はそろそろ撤退も考えている」
彼女は応戦しながら、さらに細かく俺たちに指示を出す。
敵の攻撃に対応しながら話す彼女は、超人そのものだ。
華奢な体からは想像もつかなかった。
「金髪の姐さんは引き続き『火柱』で攻撃。あたしは迎撃しつつ奴の障壁を削る。お嬢ちゃんはあたしの術式をコピペしてもらう」
「ぶっつけでやるんですの? あ、あたくし神聖魔法も精霊術も使えませんわよ」
エルマはオロオロしながら言った。
普段はだいたい調子に乗っていて生意気な彼女とは別人のようだ。
「詠唱者、つまりあたしの術式をコピーする。人の使った魔法をそっくりパクるわけだから、消費MPはアンタもあたしも食うわけ」
「〝やまびこ〟みたいなものですか?」
「まあね。ただ、あたしとアンタではレベル差があるから、MP切れで倒れないように」
「マナポーション飲みながら撃ちますわ♪」
エルマは平静さを取り戻したようで、いつものような憎たらしい笑顔を見せた。
「で、そっちのお兄さんは吹き矢じゃ……しょうがないからコレ使って」
コートをはだけた彼女は脇のショルダーホルスターから銃のような物を取り出し、頭上から手渡した。
カリブの海賊か、フランス貴族が決闘で使うような、古い銃だ。
「撃ち方なんて分かんないけど?」
「汎用魔導具だから、誰でも撃てる。撃鉄を、カチッと音がするとこまで起こしたら燧石に念を込めて引き金を引く。弾数はアンタの精神力次第」
木製のグリップに装飾の施された金属の銃身と引き金。
思ったよりもずっと軽い。ふしぎな金属だ。
俺は、頭上で悪魔の攻撃をはじき返しているゴシックの彼女からやや距離をとって銃を構えた。
「まずは『火柱』を!」
彼女の声に呼応してレモリーが詠唱をはじめる。
「火よ……火をつかさどる精霊たちよ集いたまえ。集いて……炎の柱となりて……彼の敵を滅ぼさん」
満身創痍のレモリーは息も絶え絶えに精霊術を詠唱する。
よく見るととても顔色が悪い。
ひょっとして、毒に冒されているのか……?
飛竜の毒か、それとも俺の吹き矢の流れ弾……?
そんな心配をよそに、地獄の業火のように巻き上がった火の手は、柱と化して上級悪魔めがけて立ち上る。
しかし悪魔が身じろぎもせずに火柱を睨みつけると、炎はまるで悪魔を避けるように逆巻いた。
あれが、障壁なのか。
「お嬢ちゃん、あたしの描く『天罰』の神聖術式をよく観察して、『複製』しなさい」
「一発勝負……ですわね」
ホバークラフトに乗ったゴシック服の女術者「頬杖の大天使」は、エルマの目の高さまで高度を下げて神聖術式を発動させる。
分かりやすいようにか、先ほどよりもややゆっくりとした動きだ。
「神聖なる存在に問う。この者が貴方に反する〝敵〟であるならば、天より〝裁き〟を与え給え」
鮮やかな光輪と魔方陣が虚空に現れた。
それらは幾重にも重なり、複雑に絡み合い大きくなって消えた。
その瞬間、頭上の上級悪魔の背後から、エメラルドグリーンの雷光が走った。
と、同時に落雷のような激しい音が轟いた。
悪魔の浮かんでいる空間で、ミシッという、何かがひび割れるような音がした。
エルマはその様子を凝視していた。
そして、「頬杖の大天使」が虚空に描いた魔方陣と寸分たがわない新しい魔方陣を発現させた。
「できた! 『複製』による『天罰』の連撃ですわ♪」
虚空に複製された魔方陣と共に、先ほどの「頬杖の大天使」による神聖魔法『天罰』の詠唱が、まるでリプレイのように再生される。
「神聖なる存在に問う。この者が貴方に反する『敵』であるならば、天より『裁き』を与え給え」
一瞬前と、全く同じ現象が繰り返された。
エメラルドグリーンの雷光が走り、耳をつんざく落雷のような轟音が響く。
そしてガラスが砕け散るような音。
上級悪魔を保護していた魔法障壁が、砕け散ったのだ。
『天罰』のダメージは直撃し、敵の全身は緑色の炎に包まれていた。
断末魔のような咆哮を上げて、空中で激しく体を揺さぶっている。
術式が効いたようだ。
ついに悪魔は落下し、鈍い音を地面に響かせて、俺の正面4mくらい先にずしりと体を横たえた。
巨体が落下した衝撃で、街道の敷石に大きなヒビが入った。
上級悪魔は、瀕死だ。
四肢とコウモリにも似た大きな翼が痙攣している。
俺は彼女から手渡された、古式の魔法銃の撃鉄を起こした。
一度深呼吸し、構えながら近づいていく。
2メートルほどのところまで来たところで足を止めた。
後は俺が引き金を引けば、この戦いは終わる。




