383話・光弾と暴動
目の前が真っ黄色になった。
初撃は射角が大きく上方に逸らされたため、量産型魔王の放った光弾は上空に逸れた。
知里が、やってくれたのか。
──しかし。
直撃は避けられたものの、広範囲に被害が出ていた。
石造りの灯台がクッキリとえぐり取られたように穴が開いている。
湖畔の見張り櫓など、高い建物はおおむね吹き飛んだ。
丘の上も山火事のように燃えている。
仮にこちらに直撃していたら、小夜子を除いて俺たちは全員死んでいただろう。
「……」
「…………」
水産ギルドの男たちの顔から血の気が引いていた。
放心して武器を落とす者もいる。
俺は双眼鏡を手に、射線の先を見た。
湖上では、知里がすでに戦闘を始めているようだ。
数十人の兵たちを相手に、鵺が大暴れしている。
幻獣の狙いは、巨大スズメバチのようだ。
俺たちを散々苦しめた爪や歯や雷で、1人、また1人と中央湖に叩き落としている。
一方、知里は敵のリーダー格と思われる者と一騎打ちをしながら、量産型魔王の破壊を進めている。
水面スレスレを飛びながら、敵の光弾魔法をかわしていく。
なぜか彼女には敵を攻撃する意識はなさそうだ。
彼女の狙いは量産型魔王の破壊、一択だ。
敵の攻撃の避けながら、水柱を立てて行方をくらます。
そして舞い上がった水柱に身を隠すようにして、魔王にダメージを与えている。
「皆は、シェルターに避難してください!」
俺が呑気に知里さんの戦闘を見ている間……。
小夜子は大きな声で避難を促していた。
呆然としながら、シェルターに向かう男たち。
先ほどまでの元気がごっそりと削られてしまったようだ。
中には腰を抜かして動けなくなった者もいた。
「大丈夫よ、みんなガンバ! ここはわたしたちが守るから!」
小夜子は動けなくなった人たちに声をかけ、励ます。
どうにか立ち上がった男は、力なく応える。
「あんなの……何だよ。お2人も逃げた方がいい」
「わたしたちはああいうのと戦ってきたのよ。絶対負けないから! ね、直行くん」
「お、おう……」
俺は魔王なんてのとは戦ってないんだが……。
そんな折、役場方面から馬が近づいてくる。
騎乗しているのは盗賊スライシャーだった。
「大将! 一大事ですぜ」
「すでに一大事だけどな。今度は何だ?」
「へい。ネンちゃんの親父さんが積み荷を盗もうとして捕まったんでさあ」
「な、なんだってーー!!」
この非常事態にあの人は何をやっているんだ。
俺は呆れと怒りを通り越して、乾いた笑いしか出てこない。
火事場泥棒とはこのことか。
ネンちゃんのお父さんが積み荷を盗もうとして捕まる。
クロノ王国の御用商人たちは、一時的にロンレア領に滞在してもらっている。
とても尊大な連中で、どう出てくるか分かったものじゃない。
武装解除はさせたものの、護衛の連中は皆屈強な戦士たちだ。
ネンちゃんの父親は、ああいう人だからリンチくらいはされているかもしれない。
怪我程度なら、娘の回復魔法で治療できるが、殺されてしまうこともありうる。
親しい人ではないが、ネンちゃんが天涯孤独になってしまうのも気の毒だ。
「小夜子さん、ここの守りは頼んだ。お互いの状況は通信機で連絡しよう」
「分かったわ!」
「スラ、案内してくれ」
「へい! 大将も後ろに乗って下せえ」
「お、おう……」
スライシャーはそう言って、馬に飛び乗った。
「う、馬か……」
そういえばこの世界に来てから4カ月。
馬に乗ったことはなかった。
こちらの馬はサラブレッドよりもたくましく、一回り背も高い。
「直行くん、ほら!」
俺がまごまごしているのに気づいた小夜子が、ひょいと俺の胴をつかむ。
そのまま、持ち上げて肩車をつくった。
小夜子には以前お姫様抱っこをされたことがあるけど、今回は肩車だ。
彼女は長身なので、このまま馬の背に乗り移れそうだ。
「おお、高い」
「大丈夫? いける?」
彼女は俺の腰を抱え上げると、苦も無く馬の背に乗せた。
ちょっとありえない力だ。
これは怪力というわけでもなく、闘気をまとうことで強力な力を得ているのだという。
俺も教えてもらいたいものだが、訓練は厳しそうだな。
「大将。今度はあっしの腰につかまって下せえ」
「直行くん、ガンバ!」
「小夜子さんも、ここは任せる」
小夜子は俺とハイタッチを交わして、持ち場に戻った。
馬に乗った男とハイタッチって、跳躍力も普通じゃない。
「飛ばしますぜ!」
スライシャーは掛け声と共に、馬に鞭を打つ。
ネンちゃんのお父さんがしでかした現場に向かわないといけない。
湖では知里が50人の魔道兵と量産型魔王と戦っているというのに……。




