382話・ダンシング・イン・ザ・ダーク2
(量産型魔王の初撃を、どう逸らすかだよね)
ホバーボードの上に仰向けに寝そべって、水面スレスレを飛行する知里。
先日戦った〝透明な蛇〟の能力を応用したカメレオンのような変身術で自身をカモフラージュしている。
空や海の色に紛れながら、慎重に近づく。
偵察用ドローンには写り込まないように飛行角度を調節する。
そんな彼女に、学徒魔導兵の心の声が伝わってくる。
(みんな、がんばろうね!)
(ソロモン閣下がいなくても、しっかりやるぞー!)
戦場で他人の心を読んでしまうのは、相当に辛いことだった。
学徒魔導兵たちの意気込みは、知里の胸をしめつけた。
(……子供に戦争をさせるのは、どうかしてる本当に)
罪悪感を振り払うように知里は前に進む。
やがて視界を塞ぐ巨大な影があらわれた。
量産型魔王の足元にたどり着いたのだ。
(お父さん、お母さん、ボクを守ってください)
(わたしたち誰も死にませんように……)
学徒魔導兵はまだ誰もこちらに気づいていない。
知里は空に魔法銃を構えながら、ゆっくりと近づく。
量産型魔王αの足元から、魔王の喉元を狙う。
「総員、射線上から退避。隊列を維持したまま、αの後ろに回れ」
「「ハイッ!」」
学徒魔導兵たちは、巨大スズメバチに運ばれながら、後退する。
一瞬、気づかれたかと知里はビクッとしたが、そうではなかったようだ。
量産型魔王の背中に回り、隊列を整える。
「α調整部隊は、主砲発射準備に取り掛かれ!」
「「ハイッ!」」
年長者の学徒魔導兵リーダーの呼びかけに、可愛らしい声が応える。
その度に知里は、何とも言えない気分になる。
α調整部隊と呼ばれた、白いローブを着た学徒たちは武器を持っていない。
量産型魔王を制御するための部隊だった。
人数は10人。
魔道の素質を強く持つ子供たちで編成された小隊だった。
(年端もいかない子供たちが、あんなグロテスクな怪物のお守りなんてね……)
量産型魔王の顔を覆っていた頭詫袋が取り外された。
あらわになったのは、知里も見覚えのある魔族の顔だ。
分厚い唇と、人間のような大きな歯と舌──。
魔王の眷属は芋虫型だったが、こちらは白い蛾と人間が混ざったようなおぞましい外見だ。
しかも、口元は金具によって固定され、大口を開けたままの状態が保たれている。
(一撃で無効化したいけど、ブレス発射中に首を落としたら、レーザーがどう飛ぶか分かったもんじゃないし、危険だ……)
「カウントダウン入りまーす」
「「ハーイッ!」」
射線を変更させる方法を考えているうちに、発射の体勢に入った。
まるで運動会の行進でも始めるような声に、知里はどうにもやりにくい。
「……5」
「「ごーお!」」
「……4」
「「よーん!」」
学徒魔導兵による元気のいい唱和に、調子を崩しそうになる知里だが、呼吸を整え、真剣勝負のスイッチを入れる。
普段はツンデレ風な知里だが、意外にも子ども好きな一面があったのだった。
(……あの子たちを決して殺したりはしない。大丈夫、あたしならできる)
「……2」
「「にーい!」」
知里はカウントダウンに合わせて、さらに距離を詰める。
敵の初撃は光線だ。
一撃が速い。
「……1」
「「いーち!」」
量産型魔王の口の中で、異常なほど強力な魔力が練られているのを感じた。
闇の魔力に覚醒した知里だが、魔族に闇属性は効きにくい。
しかし神聖属性は苦手なため、火力不足になりがちだ。
そこで知里が編み出したのが、闇魔法による〝身体能力強化〟と、神聖魔法〝天罰〟の同時発動。
サポートアイテムの魔法銃を使うことによって、同時に2つの強力魔法を放つことができる。
「発……!」
「今だ!」
量産型魔王から、光弾が漏れ出た瞬間、〝身体能力強化〟で超人的な加速力を得た知里が、弾丸のような勢いで下から飛び上がる。
魔王αの大きな顎に、至近距離から〝天罰〟を叩き込む。
真下から、アッパーカットのような形で神聖魔法と闇魔法の合体技が直撃した量産型魔王は、大きく顎をのけぞらせた。
「弾道を逸らした!」
ロンレア領に向けて放たれたはずの光のブレスは、大きく上に逸れた。
「!?」
一瞬、何が起こったか分からない学徒魔導兵たちの真下から水しぶきと共に現れたのが、鵺だ。
「イヤー、何この魔物!」
「キャアアア」
水中から現れた、見たこともない魔物に仰天する学徒魔導兵たち。
知里はこの隙に、腕から光の刃を出して量産型魔王の首を斬り落としにかかる。
「させるか!」
それを止めたのは、学徒魔導部隊のリーダーの少年だった。
「坊や、いい反応ね。褒めてあげ……」
言いかけて知里は絶句した。
「!!」
湖上急襲部隊のリーダーは『他心通』コピーの持ち主だった。
知里よりは射程距離が劣るものの、間違いなく心を読まれた。
そしてこのリーダー少年は、いつのまにか通信妨害効果のある魔力の首飾りを装備していた。
「S級冒険者ネコチこと、異界人の零乃瀬 知里」
「……なるほど、ソロモンの奴。学生にあたしの『他心通』を複製した挙句、対策もされてるってわけね」
しかし初撃の大惨事は防いだ。
知里は本格的な魔法戦闘を前に、不敵な笑みを浮かべた。
次回予告・
本編とは全く関係ありません。
「大将やお嬢様が元いた世界は、金を払わなくてもモノが買えたって本当ですかい?」
「〝キャッシュレス決済〟のことを言ってるのか? あれは現金で取引しないだけで、データ上の金銭のやりとりはしてるんだ」
「……? あっしには難しくて何のことだかサッパリでさあ」
「ていうか、そもそもお前、モノを買うのに金払ったことあったっけ? 知ってるぞ、いつも部屋で小銭を数えてるの」
「そりゃあっしだって小銭くらい数えますよ」
「俺たちがお使いを頼んだ時に限って、数えてるけど、あれは偶然か?」
「嫌だなあ大将。〝キャッシュレス決済〟じゃないですか。現金で取引しないだけで、データ上の金銭のやりとりはしてるんすよ」
「……お前、さっき俺が言ったことをオウム返しに……」
「次回の更新は12月3日を予定しています♪ 『ついに御用! 盗賊スライシャー』お楽しみに♪」




