381話・ダンシング・イン・ザ・ダーク
今回は三人称でお送りします。
◇ ◆ ◇
──時間は、直行と通話する5分ほど前にさかのぼる。
知里は息をひそめて敵の様子を伺っていた。
監視用の小型ドローンは、手動操作に切り替えた。
幸い、魔力によっても作動できるようになっているので、知里でも操作可能だった。
「どの位置で撮るのが最適なんだろう……」
今回の戦いは、〝クロノ王国が先に手を出したことに対する防衛戦〟だと主張できる証拠を残さなければならない。
そのための証拠となる動画撮影が知里のミッションの一つだった。
しかし知里は実のところ、証拠をそろえたところであまり意味がないのでは、と思っている。
すでにこの世界で6年も生きていると、法なんてものが大して行き届いていないことが肌身にしみているからだ。
──ここは弱肉強食の世界。法や道理はあんまり通らない。
もっとも、直行の言っていることも理解できなくもない。
ただ、勝たなければ意味がないじゃないかとも思う。
知里は、頭の中で何度も敵の初撃からの奇襲の攻撃パターンをシミュレーションする。
初撃が放たれたら、まず鵺を浮上させて、量産型魔王にぶつける。
その間、知里は一気に大将首だけを狙うつもりだ。
ソロモン……。
彼の姿を思い出したとき、全身を暗い衝動が走った。
「あいつだけは絶対に許さない」
知里は唇を噛み締める。
闇魔法は、術者の憎悪や怨念などネガティブな精神状態を魔力に変換する術式だ。
それゆえに法王庁で禁呪とされている。
なぜなら、憎悪を魔力に替えていると、大抵の術者は狂気に堕ちてしまうからだ。
そうでなくても憎しみは暴走し、歯止めが効かなくなってしまう。
『他心通』で、人間の心が読める知里は、13歳の頃から人の心の醜い部分に触れ続けてきた。
それに加え、自身も元々ネガティブな考え方をするので、闇魔法には適性があったが、今までは闇の力を拒絶してきた。
無理に苦手な神聖魔法を使っていたが、神に祈ったことのない知里には回復や解毒の術は使えない。
それが、天才的な魔力と卓越した戦闘センスを持ちながら、いまひとつ攻撃力に乏しかった原因だった。
〝時空の宮殿〟で起こった〝あること”が原因で、知里は自らの闇魔法を解禁した。
闇魔法を使うのが嫌で、魔王討伐軍の勇者パーティから脱走した過去もあるにもかかわらず……。
「ソロモンの姿がないようだけど……。……どこだ?」
知里にとってソロモンは、憎んでも憎み切れない因縁がある。
憎めば憎むほど、闇の魔力は満ちてくるが、同時に負の引力は、知里の正気を奪おうとする。
彼女は深呼吸して、心の中の狂暴な衝動と折り合いをつける。
(敵の指揮官は若い。兵士も中学生くらいじゃないかな……?)
パッと見たところ、指揮をとるのは18歳くらいの少年だ。
自分よりも2~3年下ではあるが、これが初陣で緊張している様子だった。
「ソロモン閣下に勝利を捧げよ!」
「「おーーっ」」
檄を飛ばす指揮官。
見た目は中学生くらいの魔導兵が、精いっぱい声を張り上げて応える様子は、知里が元いた日本の部活を思わせて、なんだか気が抜けてしまった。
(子供じゃん)
あどけない声で勇ましく吠える少年少女たち。
その絵面は、捕食者の巨大スズメバチに捕えられ、必死で抵抗しているようでもあり、強烈な違和感を覚える。
(将来のある少年少女を前線に送って、自身は後方待機。見下げ果てた男ね、ソロモン……)
知里は敵の司令官を心底軽蔑した。
その一方で、この戦いがとても難しい状況であると理解した。
(お小夜じゃないけど、あの子たちの命を奪うわけにはいかないなあ……)
少年少女の命を奪うことなく、敵に先に撃たせて、そこから敵を無力化する。
未知数な魔神の存在も気になる。
敵の初手は何で来るか、正確に見極めなければならない。
(さて……敵はそろそろ『他心通』の圏内に入る)
知里は精神を研ぎ澄ませて、敵のリーダーだと思われる年長の少年の心を読んだ。
(……どうしよう。演習通りにやれって言われたけど、いざとなると怖いよお)
予想外の心情に、知里は脱力してしまった。
思わず、「しっかりしなさい」とお姉さん風を吹かしたくなる。
(僕らだけで量産型魔王を扱うなんて無理だよう。ちゃんと光のブレス吐いてくれるかなあ)
光のブレス。
知里には心当たりがあった。
魔王との戦闘経験はないものの、魔王に連なる眷属は何体か撃破している。
魔族の吐くブレスは、ドラゴンのそれとは違い、広範囲レーザー光線のような攻撃方法だ。
高火力の光線が、触れた物を一瞬で焼き尽くす。
(ソロモン閣下は威嚇とデータ収集ができればいいと仰ってたけど、巻き込まれたら大変だよお)
射線上にいたものは、敵味方を問わず消し炭にする強力な光線だ。
範囲攻撃でもあるため、小夜子の障壁でも防ぎ切れるものではない。
(僕らも巻き込まれないように、ちゃんと後方に移動しなきゃ)
「……なるほど。初撃は〝量産型魔王〟による光のブレスで間違いなさそうね」
知里は、通信機を取り出した。
「もしもし。お小夜に代われる?」
声を潜めて通話を開始した。
「お小夜。量産型魔王ってのが、光のブレスを吐いて湖畔を焼き払うつもりらしい」
…………。
「いくらお小夜の障壁でも、魔王のレーザー光線は広範囲すぎて無効化しきれない。だから、初撃を放つ寸前にあたしが上半身に一撃を入れて射角を上にずらす」
「……だけど、それじゃあ、こっちが先に手を出しちゃうんことになるんじゃない?」
…………。
電話口の相手が直行に代わった。
「知里さん。命には代えられない。ドローンで撮影してるから、自分が映らないように気をつけて、先制攻撃しちゃっていいよ。俺が戦後処理の交渉でうまくやるから、空に撃たせちゃって」
伝えるべきことを伝えた後で直行との通話を終えると、知里は通信機を切った。
(さて。どう攻め立てるか……)
知里は敵の編隊を睨む。
頭詫袋を被った量産型魔王と、巨大スズメバチに抱えられた50人の学徒魔導兵たち……。
異色の相手に対して、こちらが打てる手は限られていた。
次回予告
「異界風のマスターでしゅー。小夜子さんから、カーチャさんに手紙が届いてましゅー」
「みんな、覚えてるかい? お小夜ちゃんから炊き出しを頼まれてるカーチャだよ」
「手紙はこちらでしゅ」
「どれどれ……フフッ、お小夜ちゃんたら、アタシの似顔絵描いてくれたよ\(^o^)/」
「……(これは、前の世界のネットスラング。人生オワタ \(^o^)/でしゅ……)」
「どうしたんだい? マスター、難しい顔して。アタシの顔によく似てるだろう?」
「じ、次回の更新は12月1日でしゅ~。『女の友情はハムより薄い? 小夜子からまさかの絶縁通告』でしゅ~」




