377話・湖上の煙
今回は三人称にてお送りします。
湖畔に現れた背の高い長髪の魔導士が、巨大スズメバチに抱えられた50名の学徒魔導兵らに檄を飛ばす。
「──作戦の詳細は軍議の通りに。これよりロンレア領を急襲し、S級冒険者の逆賊ネコチを討伐して〝鍵〟を奪う。なお、当作戦は、量産型魔王αの試験運用も兼ねている。諸君らの奮起に期待する」
ソロモン改。
クロノ王国七福人の1人で、魔法相を務める高官だ。
魔導部隊を統率する軍人でもある。
檄と言うには静かすぎる口調だが、拡声器の役割を果たす浮遊玉が音量を増幅させている。
口元を黒いマスクで覆っているのは、かつて知里との魔道対決で頬の肉をえぐられたためだ。
回復魔法での再生は容易だが、傷が残っていなければ使えない禁断の闇魔法がある。
日常生活に不便をきたさないように頬肉に補助具を当てているが、治療はしなかった。
傷が疼くが、痛みを抱えてこのときを迎えた。憎き零乃瀬 知里本人を捕えた時に、目の前で同じ痛みと傷を負わせるために……。
(……戦の前に私憤を思い返すのは慎まねばならん。我は司令官なのだから……)
暗い欲求を振り払うように、ソロモンは顔を上げて号令をかける。
「学徒たちに軍神の加護があらんことを! 出撃せよ」
「「おおおおーーっ!」」
長髪の魔導士の号令以下、若い魔導兵士たちが一斉に雄叫びを上げた。
それに呼応するように、空中で静止していた巨大スズメバチの羽音が激しくなった。
「出撃!」
50名の学徒魔導兵が先行する。
リーダーを務めるのは、クロノ王国魔道士官学校中等部・エリートクラスの級長。
隊列を組んだまま、湖上の空に舞い上がる。
翅の圧力で、水しぶきが舞う。
後方に位置する巨大な魔神〝量産型魔王〟も、ゆっくりとそれに続いて動き出す。
頭には頭詫袋が被せられており、表情までは分からない。
その両脇を、ホバーボードに乗った制御者4人が四方を取り囲んで飛ぶ。
学徒魔導兵を見送ったソロモンは、口元を覆ったマスクを軽くなでた。
(フフフ……〝クソ猫〟め。クロノ王国の魔導力に恐れおののくがいい)
湖上を飛び去って行った学徒兵たちを見送りながら、ソロモンは歪んだ笑みを浮かべた。
◇ ◆ ◇
ソロモン改。この名前は本名ではない。
彼はクロノ王国の宮廷魔術師長の嫡子だが、養子だった。
7年前のことだ。
宮廷魔術師長は妻をめとる気はなかったが、第二王子のラー・スノールの才能に惚れ込んだ彼は、一族の子供の中からもっとも魔力の才能の高いソロモンを養子とした。
理由は高齢の自分が世を去った後に、王子を支える役割を負わせるためだ。
「わしの後を継いで、ラー・スノール殿下を生涯支えるのだ」
当時、ソロモンは法王庁に留学中で、8歳年下のラーと直接学ぶことはなかったが、その話は彼を大いに奮い立たせた。
1000年に一人の英傑とさえ呼ばれる魔導の才能と、少年でありながら冷徹な判断力を持つ王弟ラー。
ソロモンは王弟の元で縦横に魔導に没頭できる日を夢見た。
ところが、そんな期待は一瞬で破れてしまった。
王弟ラーの突然の出家。
「なぜラー・スノール殿下がご身分を捨て法王庁に……?」
その原因が、義父の宮廷魔術師長にあることを知ったのは、それから間もなくのことだった。
義父たちが第一王子ガルガを廃嫡し、王弟ラーを王にする陰謀が、なんと王弟本人に知られてしまったのだ。
王弟は、クーデターの首謀者を罪に問うこともせずに、自身が出家して身を引いという。
この出来事は、ソロモンを大いに驚かせた。
確かに第一王子ガルガ殿下は魔法が使えない武人気質。
だからといって、無能というわけではない。
いくら王弟ラーに心酔しているとはいえ、宮廷魔術師が第一王子を廃嫡するのは謀叛に等しい。
「父上は何と軽率なことをしてくれたのか!」
ちょうどすれ違いになる形でクロノ王都に戻ったソロモンは、義父を咎めた。
だが、全ては後の祭りだ。
そうした中で、状況は思わぬ方向に変化していく。
◇ ◆ ◇
1年後、先代法王が急逝し、何と王弟ラー・スノールが法王に選出された。
出家からわずか1年という短期間で、史上最年少の法王の誕生だった。
「金目当ての法王選出」
当初はそう揶揄された。
王弟の法王選出の理由は多分に政治的なものだ。
事実、その当時の法王庁は財政難にあえいでいた。
異世界人嫌いだった先代法王が課した苛烈な政策──。
「免罪符禁止令」で、異世界転生者を執拗に取り締まったためだ。
たとえ家に転生者が生まれても、金を払えば見逃してもらえる。
それが全面的に禁止された挙句、転生者を取り締まる特捜官を増員した。
貴族から「免罪符」での寄進が行われなくなったことにより、法王庁の財政は危機的になった。
そうした中での王弟ラーの法王選出は、クロノ王国からの資金援助のためでもあった。
事実、新法王誕生には、クロノ王国から多額の寄進を得た。
(……最悪な出来事が最良の結果につながる時もある)
ソロモンは当時をふりかえって、皮肉な笑みを浮かべる。
ところが、事態はこれだけでは収まらなかった。
金銭目当てでお飾りに据えられたはずの14歳の王弟法王だが、積極的に改革に乗り出した。
法王庁内部の汚職の告発や、敵対者の粛清で組織を一新させる。
勇者トシヒコ等による魔王討伐軍への支援も行われた。
さらには王都のサロンから、馴染みの宮廷魔術師や錬金術師たちを法王庁に出向させ、実務を担当させた。
(だが、王太子の廃嫡を企てた義父に連なる者は、決して呼ばれることはなかった……)
ソロモン自身は陰謀とは無関係だったが、義父のせいでラー法王との接点を絶たれてしまった。
(我は……ラー・スノール王子と共に魔導を追求したかった)
当時の彼はそうした感傷に苛まれることが多かったが、ガルガ国王の即位と、〝七福人〟に選ばれてからは、クロノ王国の新世代リーダーとしての自覚が芽生えつつあった。
次回予告・
※本編とは全く関係ありません。
「小夜子さん、昭和のヤンキーって、どのくらい怖かったんですか♪」
「ケンカやカツアゲしてた子もいたけど、見かけほど悪くなかったわ」
「暴力に窃盗……強盗じゃないですかー♪」
「お小夜の時代の不良は、未成年なのに飲酒や喫煙もしてたっていうし、戦後の教育史上もっとも荒廃した時代だって言われてるよね」
「そんな不良の吹き溜まりだったラグビー部をまとめ上げて、全国まで行ったスーパーマネージャーの小夜子さん♪ カッコ良いですわ~」
「……どこかで聞いた話だけどな」
「さて♪ 次回の更新は11月21日を予定していますわ♪ 『昭和スクール☆コンバット』お楽しみに♪」




