376話・量産型魔王の影
勇者トシヒコから、まさかの緊急通信が入った。
──クロノ王国魔導部隊による空からの奇襲の知らせだ。
ただちに対策を取らないと、ロンレア領内が危ない。
ロンレア邸の執務室に駆け込んだ俺は、通信機で防衛に当たるメンバーを呼んだ。
俺、エルマ、レモリー、魚面。
知里と小夜子もすぐに駆けつけてくれた。
「さっき勇者トシヒコから電話があった。クロノ王国は空からの奇襲を準備中だ」
「「……!!」」
しかし悠長に対策を話し合ってもいられない。
いつ敵が出撃してくるか分からないのだ。
制限時間を10分に区切って、緊急対策会議を開く。
「中央湖西岸に、巨大スズメバチ50匹と〝魔王の出来損ない〟による編隊が組まれている。〝七福人〟のソロモン改って奴の麾下の魔導部隊だそうだ」
「ソロモン!!」
知里の形相が変わった。
すさまじいばかりの魔力に、空気までもが震えている。
ただならぬ殺気に、周囲の空気が凍った。
てっきり、〝魔王の出来損ない〟に反応するかと思ったら、まさか七福人の方だとは意外だった。
「この戦、あたしに任せて。奇襲を準備してる奴らを逆に急襲して、総大将を討ち取ってやれば解決だよ」
「無茶はやめてよ知里!」
心配した小夜子が、知里の肩を押さえた。
「お小夜。ごめんね」
知里は、寂しさと悲しみの入り混じった表情で小さく笑った。
そして俺の方を見て、
「直行。どのみちあたしは賞金首だ。ロンレアとは無関係の立場で、ソロモンを討伐する理由もある。あたしに行かせてほしい」
改まった口調で言った。
「知里さん、勇ましいですわ~♪ 毒ガスを使うなら召喚しますわよ~♪」
「コラッ! エルマっ!」
「お嬢。近代兵器はダメだよ。敵に『複製』能力者がいたら、超マズいことになる」
「どうせいやしませんわ♪ やっちまえ、ですわ♪」
「エルマ! いい加減にしろ!」
「お嬢。気が張ってるのは分かるけど、アンタは総大将だよ。冷静に」
「……総大将♪」
俺は声を荒げたが、知里は冷静にエルマを諭した。
なるほど、だから勇者自治区は近代兵器を持たないのか。
「そうだお嬢、あたしに〝鵺〟を貸してくんない? 騎獣にすればホバーボードよりも早く飛べる」
「仕方ないですわね~♪ 特別に総大将の召喚獣を貸し与えますわ~♪」
「お嬢。ありがと、恩に着る」
「……知里。わたし、あなたが心配よ」
「お小夜、こんなの大した修羅場でもないでしょ」
「だけど……」
知里の決意は相当なものだ。
それを察してか、小夜子もなかなか声をかけられずにいる。
魚面もレモリーも、息をのんで見守っている。
ここは、俺が言うしかないだろう。
「俺は反対だ。知里さん。あくまでも向こうが手を出してきてからの戦闘を頼む」
「時間がないんだ。止めても無駄だよ」
彼女は悪鬼のような表情で言った。
前は、たとえ悪ぶった態度を見せていても、どこか性根の優しさと甘さが見え隠れしていた。
しかし彼女は変わった。
あれほど嫌った闇魔法を受け入れるような〝何かの大事件〟があったのは間違いない。
そういう意味では、知里の苛立ちも理解できる。
「分かってる。でも、知里さん。いくら賞金首だって、一方的な攻撃はやめてくれ。俺たちはテロリストじゃない」
「……だったらどうすればいいのさ?」
「できればロンレア領内の湖上で、敵に撃たせてから反撃してほしい。知里さんスマホ持ってるなら、その様子を動画なんかで残してくれるとなおいい」
「……難しい注文をしてくれたものね」
知里の表情が、少しだけ柔らかくなったので安心した。
「敵の攻撃力は未知数だよ。一撃でロンレアが壊滅するかもしれない。そうでなくても、死人は出るよ」
「守りならわたしに任せて。湖畔で待機してるから! ミサイルだろうがレーザーだろうが、わたしのバリアではじき返しちゃうんだから!」
「さすが小夜子さん♪ 頼もしいですわ~♪」
小夜子が胸を揺らしてガッツポーズをしていると、エルマも小躍りで応じる。
「レモリー、例のセーターを持ってくるのです。お胸のサイズが違いますが、小夜子さんに着せたら、さぞ恥ずかしい思いをするでしょうね~♪」
「何、例のセーターって?」
場の空気が和んでしまったが、状況は変わらない。
すでに敵が出撃していたら、最悪だ。
「エルマ、ふざけてないですぐに鵺を召喚しろ」
「その口調!」
エルマは頬を膨らませながら、窓の外に鵺を召喚する。
俺は窓を開け放ちながら、知里に告げた。
「知里さん。七福人の奴らと、何があったのかは知らないけど、俺はまた知里さんと旨い酒が飲みたい。無事に戻ってきてほしい」
本心を言えば無茶はしてほしくないが、ここは彼女に一任するしかない。
空を飛べないレモリーや魚面では、知里を十分にサポートするどころか、足手まといになる可能性もある。
それに、敵の奇襲が空からだけとは限らない。
湖畔にあるアンナの工房が狙われるかもしれないし。
「頼んだ、知里さん」
「任せて」
彼女とハイタッチを交わす。
知里も少し照れ臭そうだったけれど、応えてくれた。
「直行。ありがとう。あんたの指令は肝に銘じて、行ってくる。じゃあ」
小夜子ともハグをして、エルマの頭をなでる。
魚面とレモリーには、親指を立ててハンズアップを示した。
「零乃瀬 知里。鵺、出るよ!」
大きな幻獣の背に乗った知里は、どこかで聞いたようなキメ台詞を放って、出撃した。
すさまじい風圧と共に、カーテンが揺れる。
気づいたときにはすでに鵺は湖上に消えていた。




