375話・長い一日の始まり
「はい。2列に並んでください。どうぞこちらへ」
クロノ王国を追われた御用商人たちを、レモリーが役場の広場まで案内する。
赤い帽子を被った身なりのいい男女に続いて、使用人と武装解除された護衛たちが続く。
「何だい、あの連中」
「新王都の王室御用達の商人と護衛たちらしい」
「ご大層な身分の連中が、こんな辺境に何の用なんだか」
その様子を、ロンレア領の住民たちは何事かと見物している。
念のため農業ギルドの若い衆を中心とする自警団が見張っているが、規制線などは張られていない。
彼らの荷馬車は、鉄条網に囲まれた空き地に留めておく。
物騒な印象を与えてしまうが、こうしておけば簡単に積み荷は持ち出せない。
「…………」
ギッドは俺の隣に無言で立ち、難しい顔で行列を眺めている。
「ギッドよ。〝また厄介ごとを〟とでも言いたそうな顔だな」
「そうでもありません。赤帽子の商人は、ディンドラッドよりも格上です。そんな彼らに頼られるほどの直行どの。さて、どうなさるおつもりなのかと?」
「どうもこうもしない。なるべく安全に次の宿主を見つけてほしいと思うけど」
「そうですか。彼らをどう利用するのか、あなたのことだから、画期的な算段があると思ったのですが」
「……ないよ。ギッド、あまり俺をかいかぶるなって」
「…………」
ギッドとの会話はいつも途切れがちだ。
そもそも彼が実直な人間の上、俺をかいかぶっている。
さらに共通の話題も少ないので、実務的な会話以外は、話が続かない。
「しかし、この〝通信機〟というアイテムは革命的ですね」
ギッドは思い出したように別の話題を振った。
精霊石を利用した通信機によって、敵襲を知らせる狼煙が上がってから、逐一役場の職員たちとは情報の共有をしている。
避難訓練も行っていたので、住民をシェルターへ誘導したり、避難を中止したりといった一連の集団行動を速やかに行うことができた。
「ああ。通信機は俺たちの生命線になる」
俺は現在2種類の通信機を持ち歩いていることをギッドに告げた。
「これがそうだ」
「なぜ、2種類なのですか?」
ロンレア領内の連絡用と、勇者自治区直通の非常用の通信機だ。
この2つは微妙に仕組みが違う。
領内の連絡用は、レモリーが敷いてくれた中継地点を結んで通話可能だが、非常用の通信機はほぼ着信専用だ。
と、いうのも相当な魔力の持ち主でないと勇者自治区から声を届けられない。
逆にこちらからだと知里くらいしか発信できない不便な電話だ。
「レモリーどのでも無理なんですか」
「ああ。だけど、いままで一度も鳴ったことないし」
……そんなことを、ざっくりとギッドに話していた矢先、
「……鳴っていますね」
今まで一度も鳴ることがなかった自治区直通の通信機が鳴っていた。
「……お、おう」
俺は緊張しながら通話ボタンを押した。
「よォ~色男。俺が〝何者か〟なんて、今はどうでもいいから詮索はするな」
それは飄々とした男の声だった。
俺の予想通りなら、もっとも思いもよらなかった相手から連絡が入った。
勇者トシヒコ。
俺は前にただ一度だけ、すれ違っただけなのだが……。
「……用件を伺いましょう」
「中央湖西岸に、頭陀袋を被った〝魔王の出来損ない〟と、デカいスズメバチ50匹が編隊を組んでやがる。クロノ七福人〝ソロモン改〟ってスカした長髪野郎の魔導部隊だと思われる」
ついに来たか。
それにしても、空からとは……。
陸路からの侵攻ばかりに気を取られて、湖からの奇襲はさほど計算には入れてなかった。
「出撃の時間は分かりますか?」
「さあな。ドローンのカメラからの映像じゃあ、出撃の正確な時刻までは分からねえ」
「でも、編隊を組んでる以上、待ったなしですよね」
「俺様個人としては、手を貸してやりたいところだが、国際協調も大切だからな。悪く思うな」
トシヒコは暗に協力はできないと言ってきた。
「貴重な情報、感謝します。奇襲されていたら、ウチは壊滅でした。幸い、凄腕の用心棒がいますので、我々だけで対処してみます」
「〝ちっぱいちーちゃん〟か。俺様でも飼いならせなかった化け猫だ。手懐けてるなら心配は無用かな」
飄々としている男だが、言葉の端々から自信が溢れている。
それに、何気なく喋ってる中で、情報の密度が濃い。
「万が一のときは、領民だけでも救出していただけると助かります」
「その万が一のときってのは、お前さんが死んだときだぜ。生きてるうちはせいぜい足掻きな。それと、万が一小夜ちゃんを死なせたら、ロンレア領は見捨てる。小夜ちゃんに人殺しをさせるのもダメだからな」
それはヒナからも厳命されていたことだ。
「肝に命じましょう」
小夜子だけではない。
この戦に関わる全ての味方の命を守らなければならない。
戦争だから人は死ぬ。
それは、部外者の言葉だ。
指揮を取る者は、その言葉に逃げてはいけない。
最善を尽くさないと。
「この戦いを制したら、お前さんも歴史の表舞台に出るだろう。会えるのを楽しみにしてるぜ色男」
そう言ってトシヒコは電話を打ち切った。
いよいよ戦争が始まろうとしていた。




