374話・エルフの射手スフィス
「このエルフが……先住者って」
「この見張塔に住んでたみたい。何十年も……」
捕らえた隻眼のエルフの心を読んだ知里が、意外なことを言った。
エルフの男は、呪縛魔法によって身動きが取れない状態で、こちらを睨んでいる。
「何者だ? 貴様ら」
「俺は九重 直行。ここの領主代行だ。彼女は知里さん。S級冒険者で、俺の用心棒」
エルフの男は少し驚いたような顔をしていた。
「領主……だと?」
「ああ。初めましてエルフさん。弓矢を放ってきたので拘束させてもらったが、あなたに危害を加えるつもりはない」
「……もっとも、あんたがやる気なら抵抗させてもらうけど……」
知里は不敵に笑った。
その目を覗き込んだエルフ男もニヤリと笑う。
「やめとこう。S級冒険者で、凄腕の魔導士と渡り合える腕は持っちゃいない」
「どうかな。弓矢の腕はいい線いってたと思うけど」
知里はエルフから弓矢とナイフを取り上げてから、呪縛魔法を解除しようとして、手を止めた。
かなり険しい顔で、エルフ男に尋ねた。
「ちょっと待った。あんた呪われてるね。たぶん猿のやつだ。言ったら破裂する例のやつ……」
ハッとしたエルフの男に、知里は有無を言わさず解呪魔法を発動して〝死の呪い〟を打ち消した。
俺があれほど苦労した呪いを、一瞬で解いてしまった。
「これで大丈夫。呪いは解除したよ。ついでに呪縛魔法もね。ちなみに猿仮面とは、どういったご縁なの?」
「すれ違っただけだ。人を探していると言われた」
「すれ違っただけで、呪ってくるなんてヤベー奴らだな」
「直行、あんたが逃がした〝蛇〟について聞かれたみたい。とんだニアミスね」
「…………」
状況が呑み込めないエルフの男に、俺たちは暗殺者集団〝鵺〟との経緯をざっくりと説明した。
もちろん機密事項は言わない。
「……屋敷で戦闘があったのは知っていたが、捕えたのか」
エルフの男は信じられないといった面持ちで呆然としていた。
「信じられないほど強敵だったけど、知里さんたちの協力を得て、捕えることはできた」
「これはうかつに逆らえないな。……改めて領主殿。私はスフィス。訳あってエルフの村を外れた者だ」
「そうか」
「……ん? 詳しく聞かないのか?」
「直行。聞いてあげたら?」
俺は人の過去を詮索するのは趣味ではない。
もっとも、初対面で過去の傷を自分から積極的に言いたい人がいるのは知っている。
……いや、スフィスは人じゃなくてエルフだけど。
「魔物との戦いで片目を失ったんだ。エルフは変化を嫌う。自身の傷なども、できればない方が望ましい。私は村長の息子だったので、この状態で跡目を継いだら揉め事になる……」
「へー、そうなのか、なるほど」
「ふぅん」
酒を飲んでいるわけでもないのに、スフィスは滔々と自分語りをはじめた。
俺はうんうんと相槌を打ちながらワインを飲んでいた。
スフィスはゴクリと喉を鳴らし、グラスを見つめている。
「スフィスも飲むか?」
「葡萄酒か……数十年前に一度飲んだきりだ」
「どうぞ」
先に心を読んでいた知里が、気を利かせてグラスを持ってきていた。
フラフラと宙を浮かんで来るグラスがシュールな光景だ。
「お嬢さんの魔法の応用力、精密動作性……ただ者ではないな」
「まあね」
スフィスは目を見開いて驚いている。
詰所から見張塔の頂上まで、魔法力でグラスを宙に浮かせて運ぶ。
魔法の使えない俺には、超能力すげえみたいにしか思わないけど、すごさが分かる人にはすさまじいことなのだろう。
「ときにスフィスさん。あなたは見張塔に住んでいると言っていたけど、俺たちが塔を魔改造したので住みづらくなっちゃったんじゃないか?」
「率直に言えば、そうだ。だから新たな住処を探そうと思っている」
「なるほど。では、俺から提案がある。仲間になってこのままここに住んでくれないか?」
「……仲間とはどういう意味だ」
「数十年もここに住んでいたなら、土地勘は誰よりもあるだろう。見張り役として適任だ。弓矢が得意なら、矢文も撃てるし」
「なるほど見張り役か」
俺は、スフィスに酌をしながら懐柔を試みた。
知里は彼の心を読みながら、嘘がないかを確認しているようだ。
「……ここに住んでもいいのか?」
「ああ。好きに使っていい。元のままがいいと言うなら、近くにスフィスさん好みの塔を建ててもいい。もっともそんな時間的な余裕はないかもしれないけど……」
「悪い話ではないが、いまいちお前は胡散臭いな」
「ああ、よく言われる。ただ、こうして会えたのはお互いにとって有益だと思っている。ウチには一騎当千の猛者が揃っているが、なんせ人手不足だ」
「私のようなエルフの手も借りたいということか?」
「その通りだ。何なら交換条件を出そう。これはまだ実用段階じゃないけど、スフィスさんの目を復元できる可能性があるんだ」
「……直行。このエルフさんは実直で信用できる男だけど、その話はまだすべきじゃないと思うよ」
確かにそうだ。
錬金術師アンナの人体錬成と、エルマの特殊スキル『複製』能力、そしてネンちゃんの回復術を掛け合わせた魔法と錬金術による再生医療技術。
魚面の顔と俺の足は見事に治ったが、それは俺たちの体の部分からパーツを作ったからだろう。
眼球の復元は、さらに難易度が上がるだろうし、ましてや彼はエルフだ。
拒絶反応が起こるかもしれない。
「待て。その話は本当か? 私が村に帰れる可能性が……」
スフィスは身を乗り出してきた。
数十年ぶりのワインが効いたのか、顔を真っ赤にしながらも前のめりだ。
「まだ実用には程遠い段階だから、アテにしないでくれ」
「そんなことより、スイちゃん。あたしたちに手を貸してくれないかな。エルフの射手は頼りになる」
珍しく知里が乗り気なのには驚いた。
俺も、是非にと礼をする。
「住むところを保証してくれて、呪いまで解いてくれた。いかにせわしない人間だろうと、この申し出を断る道理はないだろう」
グラス1杯で顔を真っ赤にしていたが、スフィスはニコリと笑った。
エルフの射手スフィス。
こうして新たな仲間がロンレア領に加わった。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
「直行さん知里さん、ハレー彗星って見たことありますか?」
「俺はない。生まれるちょい前だったからな」
「あたしも生まれるずっと前だし」
「小夜子さんは見たことありますよね?」
「肉眼では見えなかったけど、望遠鏡で見たわ!」
「次の接近は2061年ですか……。あたくしたち皆、微妙ですわね」
「その点エルフはいいよな。1000年も生きたら、13回は見られるし」
「羨ましいですわ~♪ そうだ、こちらでハレー彗星を召喚するのはどうでしょう♪」
「……次回の更新は11月17日を予定しています。『異世界から彗星を召喚しよう』です」
「お嬢、それ下手したら隕石落としになるやつだよ」




