371話・見張塔からずっと
今回は謎のエルフ男性・スフィスの視点でお送りします。
私の名はスフィス。
ロンレア領の見張塔に住み着いたエルフだ。
もう数十年にもなろうか。
ここに住むことになった理由は、単純だ。
魔物に襲われて不覚を取った。
右目を、潰されてしまったのだ。
変化を嫌うエルフにとって、顔に傷を負った者の肩身は狭い。
ましてや村長の息子として生まれた私が、帰還して長を継ごうなどと言ったら、揉めるだろう。
「村長は妹が継げばいい」
私とてエルフの端くれでもあるので、争いごとや変化は好まない。
森を出た私がたどり着いたのが、この塔だった。
戦乱の時代に見張り塔として建てられたようだが、もう何十年も使われた形跡がなかった。
幸い、内部を片付ければ雨露はしのげる。
「この地で暮らすのも悪くない……」
山に面したこの場所では、人目につかず狩りをするのも容易く、清らかな水も豊富だった。
私は寄り付く人もいない物見の塔を住みかとして、暮らすことにしたのだ。
住み始めた当初は魔物の襲来に脅かされたが、数年ほど前から魔物の数は激減した。
ここ1~2年は全くと言っていいほど見ていない。
風の噂では魔王が討伐されたようだ。
魔物の数も減って、単身でも生きるのが容易になった。
「世の中が変わっていく……」
見張塔から、街道を見るのは刺激的で楽しかった。
大がかりな行列を従えたクロノ王国の第一王子を見たこともある。
世間は慌ただしいようだが、見張塔は静かだった。
私は、安穏とした日々を送りながらも、慌ただしい人間たちの様子を見るのを楽しんでいた。
◇ ◆ ◇
ところが、そんな生活に変化が訪れた。
あろうことか、私が住処とする見張塔がやけに慌ただしい。
十年ぶりに塔に人がやって来て、何やら怪しげな器具を取り付けて塔を増設した。
我々エルフが嫌う金属製というのも、実に気に入らない。
「……まったく、人間はせわしない」
私が苦労して作った、しなやかな籐を編んで藁を敷いた寝床も、解体されてしまった。
さらに厄介なのは、金色の髪をした精霊使いの女が、精霊の魂を封じた魔石を置いていったことだ。
精霊使いが魔石を使うなど言語道断。
これは精霊と共に生きるエルフをも冒涜するような行いといえる。
「潮時かもしれないな……」
私は住む場所を追われようとしていた。
もっとも、人間たちは見張塔の改修工事を済ませると、再びパッタリと来なくなった。
「見張塔を改修しておきながら、見張りの兵は常駐させないのか……?」
彼らの意図はよく分からない。
私は次の住まいを見つけるために、すぐに移住を検討しなければならなかったが、腰が重い。
元々変化を好まない性格なので、人が来ないならば、まだここで隠れ暮らすという手も考えられた。
しかし私がぐずぐずとしている間に状況は変わった。
見張塔に、常駐者が現れたのだ。
兵士ではなく、村人のようだった。
2人で半日交代で見張りを始めた。
私は木の精霊の力を借り、擬態して様子を伺った。
奇妙なことに、このところおかしな通行人が相次いでいる。
異様な風体の男だか女だか分からない者や、強大な魔力の持ち主などが行き来している。
「何かが起ころうとしているのか……?」
また戦乱の時代となると、住む場所を探すのに難儀する。
聞きかじった話では、どうもロンレア領とクロノ王国がきな臭いようだ。
人間社会の諍いには全く興味はなかったが、逃れる先を探さなければ……。
幸い、ここ数年で魔物の数も激減している。
単身で放浪していても、命を奪われることはなさそうだ。
◇ ◆ ◇
そんなふうに思いながら、山の中で旅支度を整えていた頃だった。
旅支度と言っても、着の身着のまま気楽なものだ。
ただ、保存食の確保は必要だ。
私は弓矢を持って、鹿か猪を狩ろうと山に入った。
そのとき、不気味な仮面を被った2人組を見た。
2日ほど前になるだろうか……。
猿の仮面を被った者は、すさまじい魔力量を誇っていた。
虎の仮面を被った大男も、身体能力がただ者ではない。
夜更けに街道から外れた山道を、馬を駆って進んでいた。
柿渋色のローブをまとっているが、仮面の姿は道化師のようにも見えた。
「……エルフか。ロンレアの者か?」
「……!」
猿の仮面の男に、後ろを取られていた。
かなり遠巻きに姿を見たはずなのに、一瞬で距離を詰められた。
そして私の喉元に、奇妙な形のナイフが突きつけられていた。
間違いなく猛毒が塗られている。
「私は見張塔で何十年も暮らしている。人との接点はない」
そう言ったとしても、信じてもらえる保証はない。
私は直感的に命の終りを感じた。
「蛇の仮面をつけた者を見たか?」
「見た。うす暗いローブを着て、クロノ王国方面に行ったようだ」
「そうか。いま、見聞きしたことは他言無用ぞ。もし誰かに言えば〝死の呪い〟がお前を粉々にするだろう」
「…………」
気がつくと、私は茫然と大樹に寄り掛かっていた。
まるで悪夢から覚めたかのようだった。
猿の仮面をつけた男とのやり取りは、本当に夢だったのだろうか。
その後、ロンレア領主の屋敷の方で派手な戦闘があったようだ。
召喚獣や呪いが入り乱れる、煌々とした魔法戦が見張塔から見えた。
以降、猿も虎も音沙汰はない。
彼らほどの使い手を、仕留められる者がいるというのか。
ロンレア領主の周囲は不気味だ。
遠くで山猫のような動物の唸り声が聞こえていた。
この辺りには、いない生き物だ。
◇ ◆ ◇
一夜明けた国境沿いでは、新王都方面から商人たちが押し寄せている。
狼煙が上がり、騒ぎを聞きつけた者たちがやってきた。
空を飛んできた魔法使いの女は、ただ者ではない。
私は精霊魔法で木々と同化して、彼女の様子を伺っていた。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「直行さん大変ですわー! ポッと出のキャラに主役を取られちゃったじゃないですかー」
「落ち着けエルマよ。新展開に新キャラは付き物だ」
「悔しいですわ~。あたくしでさえ一人称で本編の主役張ったことないのに~!」
「あれ? そうだったっけ?」
「最初の頃に一度〝あとがき〟を飾ったことがありましたわね♪ でもそれだけですわ~!」
「次回の更新は11月10日を予定しています」
「今度こそあたくしの一人称でいきますわよ~♪」
「却下だ」




