370話・先遣部隊か難民か?
敵襲──だと?
ロンレア領の国境付近にある見張塔から、狼煙が上がっている。
敵襲を知らせる黒い煙だ。
それに呼応するように、領内各所に備え付けられた警報が鳴った。
「何だぁ? 何が起こってん?」
外で農作業中の者はもちろん、室内にいた者たちも何事かと表へ飛び出してくる。
大元の国境付近からは、さらに激しく黒煙が上がり、燃え続けている。
誤報ではなさそうだ。
「……もうクロノ王国が攻めてきたっていうのか?」
「確認します」
それを受けて、ただちにレモリーが通信機を取り出して、精霊石による音声通話を開始した。
「はい。こちら本陣。国境付近で何がありましたか?」
「クロノ王国からロンレア領に至る街道沿いで、民間の商人と思われる者たちが、保護を申し出ています」
さすがに距離が遠いのでノイズだらけだが、どうにか聞き取ることができた。
しかし難民……だと?
「あり得ませんわ♪ 難民を装った敵の尖兵でしょう♪ とりあえず殲滅とお伝えくださいませ♪」
第2回エルマ杯の準備中だった奴が、きわめて不適切な命令を出した。
慌てて訂正しようとする俺よりも先に、知里が口を挟んだ。
「お嬢。命のやり取りは、もう少し真面目にいこう。あたしが直接行って、この目と『他心通』で判断する。直行は住民の避難を急がせて」
「分かった。後で俺も合流する」
俺が頷くよりも早く、知里はホバーボードに飛び乗って、見張塔まで飛んで行った。
「レモリー、ギッドやクバラさんに連絡して、ただちに避難準備を! 合図があったら即座にシェルターに退避を」
「はい!」
「エルマはネンちゃんと一緒に、一足先に退避だ」
「嫌ですわ♪ あたくしも戦いますわ♪」
「ダメだ。いいか、いくら幻獣〝鵺〟が手下にいようとも、お前はロンレア領の正当な領主だ。万が一やられたらおしまいなんだ。俺や知里さんの代わりはいても、お前の代わりはいない」
俺がそう言うと、エルマは納得してくれたようで、小さく頷いた。
「直行さんはどうするつもりですか?」
「陣頭指揮を執る。知里さんの判断によっては、敵の殲滅も視野に入れなければならない。領民の避難、研究所の死守はもちろん、農地も守ってやらないとならない」
「直行さんは戦闘、大して強くないんですから、無理をしちゃダメですわよ♪」
エルマは人差し指で俺の心臓の位置を突きながら笑った。
「分かってる。死んだらシャレにならないからな。用心棒の知里先生を頼りにするよ」
「それならいいですけど♪」
俺とエルマは軽くハイタッチをして別れた。
鵺を支配下に置いた奴は、相当の戦力だとは思うが、取られたら負けの王将を戦場には出せない。
その間、レモリーはギッドやクバラ翁たちに避難指示の連絡を済ませていた。
「はい。こちらレモリー。小夜子さま、敵襲の可能性がございます。はい、そうですか。これは迅速な対応恐れ入ります」
「小夜子さんは現場に向かったって?」
「いえ。現場に向かったのはミウラサキさまで、小夜子さまは工場の守護に回ったとのことです」
おおよそのレモリーの口ぶりから、小夜子の行動はうかがえた。
見張り台に速度の王を送り、彼女は工場を死守。
さすが、ラスボスを倒したパーティの一員だ。
抜かりがない。
「さて。俺たちも現場で知里さんと合流しよう」
「はい」
俺はレモリーを伴い、領境付近の見張り台まで向かった。
◇ ◆ ◇
ロンレア領は三方を山に囲まれ、南面が湖に面した天然の要害だ。
クロノ王国から攻め入るためには、街道から続く隧道を抜ける必要があった。
狼煙の上がった見張塔は、ずっと以前からトンネルの上に建てられていたという。
古くからある木製のものを、俺たちが統治し出したこの3カ月で改修した。
基幹部を鉄骨で補強し、15メートルほどの高さに延長した。
サーチライトも搭載して、夜間の不審者にも対応できるようにしておいた。
もちろんこれらの技術は、勇者自治区から教わったものだ。
「はい。あれは隊商でしょうか……? 何やらそんな話です」
レモリーが風の精霊術を使い、見張り台の下にいる警備人たちの声を拾ったようだ。
「はい。クロノ王国に商売の許可証を取り上げられた新王都の商人たちが、一時的な保護を求めて国境地帯に押し寄せているとのことです」
「分かった。俺たちもそちらに向かおう。レモリーも一緒に来てくれ」
「はい。ご主人さま」
新王都の商人……。
保護といっているが、怪しい。
エルマの言うように、商人に見せかけた敵の尖兵という可能性もある。
用心するに越したことはない。
俺は気持ちを引き締めて、見張塔へ向かって行った。
次回予告
※本編には全く関係ありません。
「直行さーん♪ また作画ミスですわー♪」
「嬉しそうに言うなエルマよ」
「見張塔から、狼煙が上がってないじゃないですかー♪ 肝心なところを描き忘れて、みっともないですわ~♪」
「お前は嬉しそうにミスを指摘したり〝とりあえず殲滅〟だったり、人としてどうかと思うぞ……」
「タイトル『恥知らずと鬼畜令嬢』にピッタリじゃありませんか♪」
「……さて、次回は11月9日更新を予定しています。『暴君女帝エルマ、亡国の危機に闘犬杯開催! いざ立ち上がれ民衆! の巻』です」
「革命なんてイヤですわー♪」




