369話・賞金首ネコチ
「知里さんもいよいよ賞金首か」
「まあね……」
知里に懸賞金がかけられたという。
呆気に取られる俺と、不敵に笑う知里。
「こちらをご覧くださいませ。クロノ王国より今朝、届いたばかりの手配書でございます」
「ふぅん……どれどれ。ちょっ!」
羊皮紙の手配書には、独特のタッチで知里の似顔絵が描かれていた。
いや、キャットマスクをしている上に〝ネコチ〟と書かれている。
書かれている文字は英語だ。
クロノ王国の公用語は、いつから英語になったんだ……?
……それにしても。
実物よりも目が吊り上がっていて、凶悪な印象だ。
これではネコと言うより、悪魔のような風貌だ。
もちろん左目は燃えている。
「知里さん、悪そうに描かれてるなぁ」
「金額見てよ。あたしは2500万か。微妙……」
しかも罪状は〝窃盗〟。何とも拍子抜けするような手配書だ。
まんざらでもないといった風に見ていた知里は、明らかにガッカリしていた。
確かに微妙な金額ではある。
そんな額ではエルマの家が抱えていた借金も返せない。
仮に知里を討ち取ったとしても、3200万ゼニルには届かない。
「……安く見積もられたものね」
知里は俺を一瞥した後、再び手配書を睨みつけた。
まあ、知里を討ち取れる者なんて、この世に何人もいないんだろうけど……。
「しかも〝窃盗〟って罪状。セコくない? ……ちっ、あいつら。国家反逆罪とか殺人未遂とか、派手につけてくれたって構いやしないのに!」
手配書にブツブツ文句を言う知里。
いったい何をやらかしたのかは聞かないけれど、随分物騒なことを言っている。
「いやいや……たかが〝窃盗〟で、これだけの懸賞金がつくのはあり得ない数字です。〝ネコチ〟さんという人は、国宝でも盗んだのですか……」
「……さあね」
「左様で、ございますか」
「…………」
「…………」
……気まずい沈黙が続いた。
俺は改まって銀時計の店主を見た。
「銀ちゃんさん。フィンフの狙いに〝七福人〟のこと……。よく教えてくれた。しかし、情報ってのは、無料じゃない。見返りは何だ? 率直に言ってくれ」
敵対とまではいかないものの、銀時計とは一悶着あった。
脅し脅され、殺されかけた関係の中で、情報を垂れ込んでくるには見返りを求めるのは当然のことだ。
「勝ち馬に乗りに来ました」
銀時計の店主は、鼻眼鏡に手を置いて言った。
「勝てるとも限らないから、それを言うなら〝賭け〟じゃないかな」
「いやいやご謙遜を……。祭りがあるとかで、街道沿いの備蓄食料を買いあさっているとか……」
「……なるほど、よくご存じで」
俺は表情を変えずに、知里の方を見た。
この男に、勇者自治区との関係性はどこまで筒抜けだろうか?
彼女は小さく首を振った。
「銀ちゃんは、直行たちに言うほど期待してるわけじゃない。ロンレアが負けたとして、銀時計の地位は変わらない。今まで通り。しかし勝てば状況がひっくり返る。恩を売っておいて損はないという考え方だね」
銀時計の胸算用を、知里が読んでくれた。
当然その行動は承知の上で、店主は揉み手をしてニヤリと笑う。
「ぜひ勝ってください。人生には負けて開ける道もありましょうが、戦は勝たねばなりません」
「銀ちゃんさんは、調子のいいお方ですねえ」
「私も商家の者として、ディンドラッドの後塵を拝するわけにはまいりません」
銀時計は前のめりに話を進めてくる。
この場は保留して、銀時計の店主とは別れた。
◇ ◆ ◇
翌日。
嵐の前の静けさとは言うが、戦支度は慌ただしい。
シェルター建設はもちろんのこと、見張り櫓の修理に増設。
避難訓練の段取りの確認……。
俺は朝から現場の視察と、各ギルドへの訪問で大わらわだ。
「地下に砦なんかをこさえて、本当に戦をするつもりなんですかい、旦那」
「そうじゃないですよ。万が一の際に、皆の命を守るための施設です」
今までは、クバラ翁を通して各種ギルドにお願いをしていた。
しかし戦を前に、領地の結束を少しでも高めておきたい……。
「さあ♪ 領内の皆さま♪ 第2回エルマ杯の開催ですわ♪」
そんな俺の、地道でまじめな根回しを崩していくのがエルマだ。
奴は特設リングを作り、手下のコボルトたちを戦わせる。
「各ギルド対抗の団体戦なんてのもありますわ♪ 各ギルドの威信にかけて参加くださいませね♪」
それだけではなく、各ギルドの若い衆同士も争わせるらしい。
「そして今回より特別企画ちーちゃんに挑戦のコーナーでは、元・勇者パーティでS級冒険者の知里さんへの挑戦権をかけたバトルロイヤル。そして何と決勝で知里さんを破ったら、あたくしが捕らえた異界の幻獣〝鵺〟を差し上げますわ♪ 参加費は一口1000ゼニル♪ 腕に覚えのある方は振るって参加くださいませね♪」
そうかと思ったら、特別企画で知里と戦わせるコースも用意しているらしい。
もちろん知里には知らせていない。
彼女はアンナ・ハイムの研究所の護衛に出ている。
おそらく決勝戦が発生した時点で知らせるつもりだろう。
「おいエルマ、お前プロレスみたいな興行で領民から小金を巻き上げる領主がいるか。知里さんに知らせてもいないだろ」
「問題ありませんわ♪ 知里さんいい人だから、あたくしのお願いを聞いてくださいますわよ♪」
「…………」
俺が呆れて天を仰いだ時、物見やぐらから黒い煙が上がった。
それは敵襲を知らせる合図だった。
次回予告
※本文とは全く関係ありません
「お小夜、なに書いてるの?」
「手紙をね。旧王都のカーチャたちが炊き出しの報告書を書いてくれないから」
「……で、その絵文字みたいなのは?」
「ああコレ、知里も描いてたよね。タコさんみたいで可愛いの」
「それ、人生オワタ\(^o^)/だけど……。向こうも知らないだろうし、まあいいか……」
「次回の更新は11月7日を予定してます。お楽しみに\(^o^)/」




