363話・少女と鵺
ここからは直行視点でお届けします。
召喚士エルマを使って〝鵺〟を鹵獲する。
知里の秘策に、俺は絶句した。
一歩間違えば全滅──。
そんな状況下での大博打。
「おいおい知里さん……リスクが大きすぎやしないか」
「まあね。のるかそるかはお嬢次第ってとこね」
「……あの妖獣・鵺をあたくしの手中に。……ええ、面白そうですわ♪」
エルマの奴は鵺が欲しいのかゴクリと生唾を飲み込み、ニヤリと笑った。
まず、最後尾の知里が俺の両肩に手を置く。
そして俺はスキル『逆流』を発現させながら、エルマの肩をつかむ。
前へ倣えと、フォークダンスの〝ジェンカ〟のような格好になる。
「ジェンカなんて随分と懐かしいたとえを出してくるじゃない」
「知里さんもジェンカ踊ったのか?」
「まあね。男子の肩に手は触れなかったけどね」
「直行さんも知里さんも、つまらない話をしないでください。集中できませんわ!」
俺と知里が軽口をたたいているのをエルマが止めた。
確かに、ここは集中力を要する場面だ。
まず、知里が俺に魔力を流し込む。
そうしたらスキル『逆流』を使って、知里の魔力とスキル『精密動作性+3』をエルマに付与する。
エルマは知里の魔力とスキル補助を受けて、遥か格上の幻獣鵺と召喚獣契約を上書きする。
(知里さんは召喚術は使えないのか? それともエルマに譲ってくれたのか?)
俺はふと思ったことを頭に思い浮かべた。
その心を読んだ知里が、スキル『他心通』で、『逆流』テレパシー交信する。
(あたしは召喚なんてやったことないから。ホントは魚ちゃんに頼むつもりだったけど、ちょっと距離がありすぎるので)
知里の考えが、直接俺の頭に流れ込んでくる。
彼女の視線の先には魚面とヒナの姿があった。
確かにここからではちょっと遠い。
「エルマ・ベルトルティカ・バートリの名において契約を命じる。汝の名は鵺か。われに従え」
一方、エルマは魔法陣をつくり出して鵺に契約を迫った。
しかし妖獣はこれに動じず、まだ自爆しようと死の呪いを発動し続けている。
「われに従……カハッ!」
エルマは懸命に複数の魔方陣を展開して、鵺を捕えようとしている。
額には汗が浮かび、何度か血を吐いた。
敵の抵抗なのか呪いなのかは分からないが、見るからに苦しそうだ。
やはりこれは、相当の無茶なんだろう。
知里の魔力付与とスキル『精密動作性+3』の援護があっても、レベル差的にいったら、はるかに格上の魔物だ。
(知里さん。エルマの奴、血を吐いてるけど大丈夫なのか?)
「お嬢、制約が難しいようなら、あたしがとどめを刺す。屋敷の住人も守らなければならないから、無理はしないで。魚ちゃんのフォローもしないといけないから時間的な余裕はないよ」
「……分かっていますわ。でも知里さん、ヒナさんであればあの魔物を手なずけられるのでしょう?」
その言葉に、一瞬だけど知里はキョトンとした。
エルマはいつもヒナに対して意識過剰だ。
知里もそれはもちろん知ってはいる。
「……あたくしは、あの方を超えなければならないのです!」
しかし、俺たちが思っている以上に、エルマは真剣だったのだ。
目を血走らせ、命がけで新たな魔方陣を展開する彼女。
「前世では芸能人、この異世界でもチート能力者で英雄で政治家なんてフザけた経歴の持ち主なんかに、あたくし敗けませんわーー!」
エルマは目を見開き、まるで発狂したような恐ろしい顔つきで3つ目の魔方陣を完成させた。
しかし、よくよく考えたら無駄じゃないか。
彼女はスキル『複製』持ちだ。
魔方陣なんか、コピペしてしまえばいいのに……。
俺がそんなふうに思うと、知里はニヤリと笑った。
(お嬢は性質の違う魔方陣を3つ作った。これをまとめて『複製』することで、3倍以上の効果を発揮することができる。考えたものね……)
「ひとつ目の〝制約〟は鵺の〝肉体〟を縛り、ふたつ目は〝精神〟を縛りました♪ そしてみっつ目の〝強制〟で、がんじがらめですわー♪」
エルマが邪悪な顔で笑う。
奴の性格スキル『鬼畜』と、知里の闇魔法は相性がいいみたいで、魔力がスムーズに流れているのが分かる。
「お嬢の力ワザで、契約の扉が開いた」
「お、おう……」
とはいえ俺もエルマに召喚された身なので、いつかあんなふうに下僕にされる可能性があるのかと思うと笑えない。
…………。
──空気が変わった。
自爆魔法が収束していく。
それとともに膨張していた〝鵺〟は元の姿に戻りつつあった。
「エルマ・ベルトルティカ・バートリの名において、もう一度契約を命じる。鵺よ。われに従え」
──〝鵺〟の様子に変化が見られた。
エルマは両腕を差し出し、手のひらを下にして、なだめるような仕草を見せる。
「……フュィー、フュィー……」
〝鵺〟は、笛の音のような高い声で鳴き、伏せの姿勢を取った。
エルマはその頭に手を置き、静かに撫ぜる。
「〝鵺〟ゲットですわ~♪」
「GJお嬢。さて、魚ちゃんは無事で、ヒナたちの方も決着がつきそう…………いや、ダメだヒナ!」
知里は言いかけて途中から、表情を一変させた。
「えっ?」
驚きの声を出す間もなく、俺は手を取られた。
知里はまるで猫を拾い上げるように、俺をつかんだまま上空に舞い上がる。
「お嬢。少し直行を借りるわね。カレム、お嬢を頼んだわ」
「らっ……了解」
ポカンとするミウラサキとエルマ。
知里は一転して険しい顔つきで、闇の翼をはためかせて飛んでいった。
俺も猫のように襟元を掴まれたまま、一緒に飛ばされている……。
次回予告
※本編とはいっさい関係ありません。
「小夜姐さん、裸みたいな格好で、寒くないんですかい?」
「スライシャー君も、人のものを盗むのはよくないわよ」
「盗賊がものを盗まなかったら、ただの人じゃあねえですか!」
「それでいいのよ! あと言っておくけど、わたしだって好きでビキニアーマーなんて着てるんじゃないんだからね」
(あっしには、好きでその格好しているとしか思えないんですけどね……)
「次回の更新は10月26日を予定しています。一日一善、交通安全。良い子のみんな! 楽しみに待っててね!」
「ポロリもありますぜ」




