360話・魚面と猿2
過去の思い出が、目の前に浮かんでは消えていく。
現在のワタシは、どこで何をしているのか一瞬、忘れかけてしまった。
「いいえ魚面さん。猿による幻影術です」
ワタシの目の前にいる金の髪の女性は、直行サンの従者レモリーサン。
彼女はワタシの肩を揺さぶったりして、気づかせてくれたようだ。
「〝猿〟はドコに?」
「はい。召喚獣に自爆攻撃を命じて、自身は逃走中です。幻影術を仕掛けながら、遠ざかっています」
「知里サンは……?」
「はい。ヒナさまと共闘して、屋敷の守護に当たっています。〝鵺〟を殲滅したら、〝猿〟に当たると」
「〝猿〟ノ逃げ足ハ速い。ワタシたちが足止めシナイと……」
「はい。ですが、魚面さんにとって〝猿〟は危険すぎます。素性が知られすぎているため、呪殺系の魔法がてきめんに……」
「デモやらないと」
「いいえ。命を大事になさってください」
「……最低限ソウする」
〝猿〟の行方はどこだ。
分身して四方八方に散っていった。
レモリーサンが放った風の精霊術で、いくつかの分身は吹き飛んだが、どれが本体だか分からない。
しかしワタシは知っている。
〝猿〟のにおい、行動の癖。
奴が分身を放つ時、本体をあえていちばん目立つところに置く。
凄腕の魔導士の矜持からか、みっともない逃げ方はしない。
ワタシはレモリーサンに耳打ちして、それを伝えた。
「はい。決して逃がしません」
彼女は、土の精霊術で正面の地面を隆起させた。
同時に、草むらを逃げていた猿が飛び上がった。
「師ヨ。観念してクレ」
ワタシは攻撃魔法をするフリをして、魔法抵抗に専念する。
〝猿〟は、呪殺系魔法でワタシを狙っているからだ。
「裏切り者の魚と精霊使いごときで、我が倒せると思ってか! 死ね!」
「うぐッ……」
猿の放つ呪詛が、ワタシを取り囲んでいく。
凄まじい悪寒がして、死の影に呑まれそうになるが、耐える。
確率系の魔法ならば、来ると分かっている攻撃に対しては、抵抗する方に分がある。
それに知里サンが、対呪殺の術式をかけてくれている。
ワタシはどうにか死の呪いを打ち払った。
しかし、彼女が施してくれた〝対呪殺系〟の術式も、いつまで持つかは分からない。
「さあ反撃ダ! レモリーサン!」
「はい」
ヒナ・メルトエヴァレンスがくれた車椅子には、〝マシンガン〟という異界の武器が搭載されていた。
使い方は彼女からザックリとだが教わっている。
ワタシが引き金を引くと、車いすから鉛の弾丸が掃射される。
すさまじい衝撃で、足元が揺れる。
「ぬおおおおーーっ」
想定外の攻撃を受け、猿は慌てて防御障壁を張った。
文字通り命からがらといった様子で逃げていく。
レモリーサンは、猿の動線の先に土の精霊術で罠を張る。
「三流の小芝居に、我がやられると思うなよ!」
猿は防御障壁を維持したまま、ナイフでレモリーサンに斬りかかる。
その得物は、前にワタシが所持していた猛毒の短剣だ。
「イケナイ! 猛毒のナイフだヨ! レモリーサン」
「まずは一人!」
レモリーサンの魔法攻撃をかいくぐり、猿は彼女の喉元に一撃を浴びせた。
「うぐっふ!」
彼女は辛うじて左手を喉にあてがい、喉笛を掻き切られることは防いだ。
しかし……。
〝鵺〟が使用する毒の致死率はとてつもなく高い。
かすっただけでも傷口から神経系の毒が回り、死に至る。
「ゴメンネ! 痛いケド我慢シテ!」
「うぐっ……」
ワタシは即座に光弾魔法を飛ばしてレモリーサンの左手の傷口の部分をえぐり取った。
彼女は水の精霊術で傷口の応急処置を済ませると、精霊の浄化魔法で全身の毒を清めた。
これでたぶん致死は免れたはずだ。
ワタシは改めて〝マシンガン〟の引き金に手をかける。
「猿。許サナイ」
「魚面……いや、面無だな。お前は本当に戦闘がなってない。千載一遇の機会を逃したのだ」
猿の挑発に、耳を貸すつもりはない。
車椅子に取りつけた〝マシンガン〟を放ちながら、猿を追う。
しかしワタシが狙った〝猿〟は幻影だった。
「下手くそめ! 気づいてないのか? その女を見捨てて攻め立てていれば、勝機はあったものを」
車椅子の横っ面を蹴り飛ばされて、ワタシはその場に投げ出された。
倒れ込んだ先で、待ち構えていた〝猿〟。
「終わりだ」
そう言いながら毒のナイフで斬りつけてくる。
鵺時代の訓練の賜物で毒には耐性があるものの、喉笛を掻き切られたらおしまいだ。
ワタシにはかわす術もない。
「!」
ところが、〝猿〟は身体を大きく仰け反らせて倒れた。
レモリーサンの精霊術・石礫が猿に直撃する。
「……魚面さん。今のウチに逃げて!」
毒を受けて動けないはずのレモリーサンが、必死に放った一撃。
流れ弾のような形で、ワタシにも大小の石が当たったが、毒のナイフの一撃は防げた。
ちょうどワタシの足元に落ちたナイフを拾う。
しかし足がまだ万全ではないため、立つことができない。
「アア……ダメダ……」
ワタシが体勢を立て直すのに苦労している隙を、猿は見逃さなかった。
「呪殺系魔法は殺す相手の素性を知っていればいるほど、確率は高まる。我はお前の育ての親だ。お前のことなら何でも知っている……。魚面……いや面無。よく知っている」
〝猿〟は噛み締めるようにつぶやいてから、呪殺魔法を放った。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「直行さ~ん、知里さ~ん。急に寒くなりましたわね~♪」
「まあね」
「嘘つけエルマよ。ロンレア領はマンゴーも採れる温暖な気候だろ。知里さんはたぶん冷え性じゃないか?」
「かもね」
「寒いところもありますわよ♪ この世界は精霊の影響力によって寒暖の差がありますから♪」
「じゃあ、暖かいところに行けばいいだろう」
「四季がある世界が懐かしいですわ~♪」
「次回『エルマ、まさかの逆召喚! 現代日本に転移してローファンタジー展開』更新は10月20日を予定しています。」
「直行、お嬢。今さらジャンルを飛び越えちゃダメだよ。」




