35話・異世界から「飛び道具」を召喚しよう
「……なんてこった」
森の中で何とか馬車を止めた俺たちは、茫然と立ちすくんでしまった。
御者に逃げられてしまっては、先へ進むこともできない。
「あの御者め……。絶っ対に許しませんわ!」
エルマはぶつくさ言いながら、指で何かを描く素振りをしている。
キャスケット帽子に丸眼鏡の男装だから、まるで別人のようだ。
「万物に宿りしマナよ。我の命ずるがまま鏡となりてこれを写し取れ……『複製』!」
エルマが倒木に手をかざすと、木箱を乗せた荷馬車が複製された。
「もちろん中身まではコピれないですけど、気休め程度に敵の目をくらませる事はできるかもしれません」
そう言って、適当な倒木で荷馬車(荷台のみ)をいくつか複製した。
『複製』と言っても、よく見ると木目などの細部は大ざっぱだったりするのだが、パッと見ではまず分からない。
……同じ荷台が増殖している絵面は少し気味が悪いが。
「敵の狙いが、我々の命なのか積み荷なのかハッキリしない以上、ダミーは有効と言えますわ」
エルマは疲れたようで、マナポーションの口を開けると、一気に飲み干した。
納品予定の商品に手を付けるのはどうかと思うが、まあ非常時だし仕方ないか。
「……馬も別のところにつないで隠しておこう」
俺は馬を荷台から離し、ダミーとも距離を置いたところにつないでおいた。
「ドォー、ドォー……よおし、よし、よし」
「さて、あたくしの方は、武器を用意しましょうか。自動小銃、せめて拳銃が召喚できればそれに越したことはないですけど、構造がよく分かりませんし……」
エルマは長い呪文を詠唱しながら、指を躍らせて空中に術式を描き出した。
幾重にも重なった幾何学模様のような紋章が、光輪を放つ。
「……異界の門より出で来たりて我に『銃器』を授けたまえ!」
魔方陣の中心で空間がゆがみ、マーブル模様になった。
エルマはそこに右手を突っ込み、拳銃……のようなモノを引っ張り出す。
「異世界から呼び出せるのは、構造を知っていてイメージが明確にできるもの。実銃を想像してみましたが、銃身に使っている合金も分からないし全然ダメでしたね」
9mm拳銃のようだが、オモチャのようだ。
「戦闘の訓練を受けてない俺たちが前線で戦うのは厳しいか……」
「飛び道具がほしいけど、弓なんてあたくしの筋力では引けませんし、ボウガンかクロスボウも厳しいでしょうね……」
「ガソリンを召喚して火をつけたら味方も巻き込んでしまうしな……火炎放射器、手りゅう弾は?」
「もっとシンプルな飛び道具じゃないと。でも、パチンコとかスリングショットはゴムの強さがいまひとつ想像できませんし……」
シンプルな飛び道具か……。
そう言われて俺はピンときた。
「全長120cm・内径13mmのカーボン製かグラスファイバー製の筒って召喚できる?」
「何ですか? 唐突に……」
「吹き矢の規格だ。前に『スポーツ吹き矢』のアフィリエイト記事を書いたことがある」
「構造が単純で、そこまで数値が具体的なら、いけるかも知れませんわね……でも攻撃力弱そうですわ」
「武器としては心もとないが、確か6mは飛ばせるはずだ」
エルマは首をかしげていたが、すぐに納得したようで鬼畜なゲス顔を浮かべた。
「いや、なるほど。吹き矢で毒攻撃ですか♪」
「異世界から毒を召喚することって可能か? 分子構造とか理解してなくて大丈夫?」
「クラーレやストリキニーネに匹敵する毒薬なら、異世界から召喚するまでもありません。こちらの世界にもたくさんありますから♪」
「飛竜や悪魔種に効く毒があればいいが……」
「やる価値はあるでしょう。矢のイメージは?」
「矢は内径13mmにゆるく収まる円錐形のビニールで、先端に釘のようなものをイメージできれば大丈夫だと思う。あんまりキツキツだと飛ばすのが大変かも」
絵面的には少し情けないが、コッソリ近づいて2人で撃ち込むしかない。
弱らせることができれば、後は護衛やレモリーなどの戦闘メンバーに頑張ってもらおう。
エルマは魔方陣を描き出し、その中に手を突っ込んで吹き矢を1セット取り出した。
次いで見るからに毒々しい瓶を召喚する。
「……ウプッ、ゲブッ」
「エルマ? どうかしたのか」
エルマが唐突に顔をしかめて口を押えた。吐き気を催したらしく、苦しそうにえずいている。
顔から血の気が引いていて、目の下に濃いクマができていた。
「大丈夫か……?」
「今のあたくしのレベルで連続召喚なんて、無理がありましたわね。召喚魔法はMP消費が大きいのです」
「……無理は、するなよ」
「当家のワンオペ敏腕メイドが危機に瀕している。ここは気張りませんとね♪」
エルマはまたマナポーションを一気に飲み干し、MP回復を試みる。
足りないのか、さらにもう1本を空ける。
荒くなった呼吸を整えながら、彼女は俺を見て言った。
「……直行さんは勇者自治区へ走って救援をお願いします。万が一あたくしたちが全滅しても商品さえ無事ならば『任務は成功』です。両親は借金を返せますし、直行さんが死ぬこともありませんわ」
「……」
俺としては、勝手に異世界に召喚された挙句、命をかけて、強敵との戦闘に参加する道理はない。
ただ、年端もいかないエルマと、懸命に俺をかばってくれたレモリーを見捨てて逃げるというのは、どうも寝覚めが悪い。
……。
そんなふうに思うのは、たぶん俺自身が修羅場をくぐったことがないからだろう。
それに加え、突然異世界に召喚された俺は、死んでしまう可能性について、あまり実感がないのだ。
「どうしました? 早く助けを呼んできてくださいよ」
「……いや、俺が戦うから、救援要請はお前が行け」
「は? 戦闘用の能力やスキルを持ち合わせていないのに、直行さんが参戦するのは自殺行為です」
「ガチで戦うわけじゃない。コッソリ行って毒矢を吹き付けてくるセコイ戦術だ。俺の方が肺活量があるし、射程10mは行ける」
街道の方向では、光弾や戦塵が未だ舞っている。
「時間がない。俺に任せてくれ」
「分かりました。あたくしも援護します」
エルマは荷馬車に残っていた幌の一部を破ると、『複製』のスキルを使って地面の模様を写し取った。
光学迷彩、というには少し無理があるが、これをかぶって進めば少しは敵の目をごまかせるかもしれない。
「ほとんど休載の某マンガの『なんとかテクスチャー』みたいな技ですけどね♪」
「無茶しやがって」
「召喚魔法よりは『複製』のスキルの方が消費MPは少ないですから大丈夫です」
それでも、念のため俺はマナポーションの木箱を2箱ほど抱えていく。
エルマにも2箱ほど持たせた。
毒がダメなら、せめてMP回復アイテムでサポート役になれればいい。
そして俺は迷彩生地をかぶったまま、レモリーたちのところまで近づいて行った。




