354話・究極の肉弾戦
「何者だァ。そのふざけた格好からは想像できない闘気。尋常じゃないな……」
「わたしと戦ったことを覚えていないの。やはりあれは幻だったのね……」
「貴様、〝猿〟の幻をかいくぐって来たのかオイ」
虎仮面は、瞬時にして小夜子の戦闘力を認識した。
肌も露わな、鎧とは呼べない胸当てを装備した女戦士の噂は、聞いたことがある。
魔王討伐メンバーの中に、ふしだらな格好で戦う女狂戦士。
名前までは知らないが、あまりに破廉恥な恰好のため、一代侯爵の地位も与えられなかったという。
無理もない……。
虎仮面は反射的に思った。
しかし、仮面の下の口元は笑みを浮かべていた。
(……ゴクリ。すげェ身体してやがるぜオイ。ムネもケツもでっけぇのに、四肢も腹も引き締まってやがる……)
この虎仮面、無類の女体好きでもある。
特に自身も体を鍛えるのが趣味なだけあって、肉体美を誇る小夜子の姿に目を奪われていた。
「わたしが来たからには、ここは死守してみせる。あなたたちの思うようにはさせないわよ!」
小夜子は背中の妖刀〝濡れ烏〟には手をかけない。
殺人は彼女のもっとも嫌うことだ。
対人相手の戦闘は、素手だと心に決めている。
「……ミノタウロスに告ぐ。総員裏口に回り、我を援護せよォ」
「何人で来ようが、仲間を傷つけたあなたたちを、見過ごしはしない。……おまんら、許さんぜよ」
小夜子は準備運動のようにその場でぴょんぴょん跳ねた。
大きな胸がその都度揺れる。
虎仮面の目が光った。
傷ついた3人組の冒険者たちの視線もくぎ付けだ。
(ああ、見られてる……)
小夜子が他者の視線を意識すると、彼女の体を桃色のオーラが包む。
ユニークスキル『乙女の恥じらい』による障壁だ。
勇者トシヒコによって授けられたこの防御力に守られ、彼女は戦う。
「みんな、ネリーくんが出してくれた霧の中まで走って!」
障壁をまとった小夜子は、紫色の霧を指さした。
言われた通り、3人は傷ついた体を押してそこへ向かう。
「させるか!」
当然、虎仮面はそうはさせまいと3人の動線に立ちふさがる。
「こちらこそ、させません!」
しかし、小夜子が即座に虎仮面の後ろを取った。
彼女は先ほどのお返しとばかりに、背後から相手の胴を取り、そのまま釣り上げる。
「〝スープレックスは投げるのではなく、落とす!〟トシちゃん直伝のバックドロップよ!」
小夜子の放ったプロレス技を、虎仮面はまともに受けた。
自身の背中で押しつぶすかのような、大きな胸の感触。
がっしりと掴まれた腕は汗で濡れていた。
虎仮面の下で、思わず幸せな笑みがこぼれる。
「とりゃああああーー!!」
「ぐわああああーーっ!!」
そんな幸せな感触も、後頭部をコンクリートに叩きつけられるショックで吹き飛んだ。
虎仮面は、頭蓋骨を叩き壊されて致命傷を負ったことを覚悟した。
「むん?」
しかし、後頭部は砕けてはいなかった。
血の臭いもしない。
──鈍い痛みはあるものの、致命傷ではなかった。
小夜子のスキル『乙女の恥じらい』による障壁の効果だった。
「今のうちに霧の中へ!」
虎仮面の腕を取り、関節技を放つ。
上腕部を自分の両脚で挟んで固定する、腕挫十字固を、鮮やかに極めた。
「アギャギャギャギャギャーー!!」
関節を極められた痛みに、虎仮面は身をよじってもだえ苦しんだ。
彼の肘は、その可動域を大きく超え、関節が伸ばされている。
「今だお!」
「へいっ!」
冒険者たちは、満身創痍の体を引きずって霧の中へと逃げ込んだ。
「アギャギャギャォーー!! ちくしょおおおォォーー!」
「大人しくしないと、靭帯損傷しちゃうよ!」
小夜子はさらに、太ももに力を込めて相手の頭部と腕を締め上げるように極める。
男にとっては嬉しい絵面だが、関節を極められた痛みで、それどころではなかった。
「うおおおおォーー! ほどけええーー」
「おーい、スラくーん。ロープ持ってきて、この虎男を縛ってー!」
小夜子は スライシャーを呼んだ。
しかし、回復中の盗賊よりも早く、猛り狂ったミノタウロス6体が小夜子に襲い掛かろうとしていた。
野太い咆哮と共に地響きを立てて、白銀の戦斧が振り落とされる。
下手をすれば、虎仮面もろとも小夜子をバラバラに粉砕するような力任せの攻撃だ。
「牛野郎ォ! おれも巻き添えにする気かよォ! おおーォ!」
虎仮面の言葉は嘘だった。
召喚された魔物は、呼び出した術者に敵対行動を取れないようになっている。
ミノタウロス6体は、力任せの一斉攻撃を仕掛けたようにみせ、小夜子を驚かせるのが狙いだ。
虎仮面の目的は、自身にかけられた関節技を外すことだ。
しかし小夜子は少しも動じず、肘を締めあげた手を緩めない。
そこに振り下ろされる6本の戦斧。
あくまでも脅しなので、地面を割く一撃だったが、斬撃の途中で弾かれた。
振り下ろした戦斧が、見えない壁に弾き返され、ミノタウロスたちは仰け反ってバランスを崩した。
虎仮面は絶句する。
「……な。戦斧の斬撃を弾き飛ばす障壁だとォ?」
次回予告
※本文とは全く関係ありません。
「直行さん。前から気になっていたことなんですけど……」
「どうしたエルマ、改まって」
「ビキニアーマーって、昔のアニメやゲームでは見かけましたけど、最近はあまり見かけませんわね♪」
「80~90年代のアニメやゲームの印象が強いな。小夜子さんにとってはリアルタイムだ」
「直行、甘いわね。ビキニアーマーはすでに90年代初頭には廃れてたよ」
「えっ? そんな印象はないけど」
「当時のマンガでも〝お腹丸出しで戦うなんてありえない〟〝戦場をなめるんじゃねえ〟とかツッコミを入れられてたよ。だから、基本コメディ寄りの作品でしかビキニアーマーは成立しなかった」
「知里さん、リアルタイムじゃないのに詳しいなあ」
「まあね。兄に読まされた漫画や雑誌の受け売りだけどね」
「さて、次回の更新は10月8日『知里先生のビキニアーマー講座』になりますわ。もちろんご本人もビキニ鎧を着用で♪」
「着ないわよ」




