353話・無謀な戦い
戦士ボンゴロと虎仮面。
両者は向き合い、にらみ合う。
ともに大男だが、虎仮面の方が一回り以上も巨体だ。
ややぽっちゃり体形のボンゴロとは違い、虎の鍛え上げられた肉体は引き締まっている。
「いっくどお~!!」
戦斧を振りかぶった戦士ボンゴロは渾身の一撃を放つ。
しかし、鍛え上げられた虎仮面の拳は、分厚い斧の刃すら物ともしない。
振り下ろされた斧の横っ面を殴り飛ばすと、バランスを崩したボンゴロの顔面に裏拳を叩き込む。
鼻血を飛ばしてのけぞるボンゴロ。
一撃で鼻が折れ、鮮血が顔半分を覆う。
さらに容赦のないラッシュは続く。
◇ ◆ ◇
「アンナ女史、回復薬が追いつかない。このままでは、2人が持たない……」
食い入るようにモニターを見ていたネリーは、声を震わせた。
「分かっているッ。しかもシャッター前にはミノタウロスッ。あの数とまともに肉弾戦を挑んでも勝ち目がないッ。ネリーよ、頭を使えッ! 回復アイテムの渡し係だけじゃダメだッ!」
一方、丸型フラスコでポーションを製作中のアンナは、手を止めずに指示を出す。
「……吾輩に、サポートに回れと……?」
「ラボにある触媒や魔法道具は好きに使っていい。敵を弱体化させ、ステータス異常を起こしてとにかく戦力を弱めつつ時間を稼ぐんだッ!」
「……了解した。わが師よ……」
アンナの言葉にネリーは安堵した。
モニターには、虎仮面に弄られるボンゴロとスライシャーの無残な姿が映し出されている。
「直行は必ず来るッ。もっとも、戦力的には奴が来ても意味はないが、知里なり胸囲メガネなりを連れてくるだろう」
「師は……どうなさるおつもりか……?」
「回復アイテムを作りまくるッ……が、頃合いを見たら研究所の爆破も検討中だッ」
「……爆破……ですと?」
ネリーはギョッとして目を見開いた。
「自爆などはしないッ。ただ、錬金術師資格の剥奪や世界大戦のキッカケになるのだけは御免だッ。勇者自治区にも何の義理もない。直行には悪いが、早々に切り上げるつもりだッ」
「左様ですか……。吾輩も補助いたしましょう」
彼らの立てた作戦は、〝がんばらない持久戦〟だ。
監視カメラで状況を見ながら、アンナが追加の回復アイテムを生成。
通気口のパイプからネリーが受け取り、前線に送る。
それを使い魔の黒猫に持たせ、自身は〝幻惑の霧〟で自身の姿を隠しつつ、敵の視界も奪う。
次いで〝攻撃力低下〟などの弱体化を重ね掛けし、シャッター破壊を長引かせる。
「ミノタウロスは物理攻撃系の魔物だから、命中率と攻撃力を下げれば相当に弱体化できますぞ」
「だが6体は数が多すぎるッ! 用心しろッ! ネリーッ!」
アンナとネリーはインカムで通話を交わしながら、前線で戦うボンゴロをサポートしつつ、時間を稼ぐ戦法だ。
アンナによるリモートサポートと、ネリーによる敵の弱体化。
「だがッ……果たして持ちこたえられるかッ……」
アンナは考える。
ミノタウロスの強さは個体差はあるものの、おおよそ中級冒険者6人パーティでどうにか倒せるレベルだ。
ボンゴロ、ネリー、スライシャーの3人では、1体を相手にするのもかなり厳しい。
それが6体に、虎仮面の男も加わる。
しかも相手は召喚士なので、まだ奥の手を持っている可能性がある。
「直行には悪いがッ……工場破棄の選択肢も現実味を帯びてきたなッ……」
◇ ◆ ◇
(とにかく敵の弱体化……勝機はそこにしかない……)
ネリーは唇をかみしめた。
一方的に殴られるスライシャーと、歯牙にもかけられないボンゴロ。
仲間たちの傷つく姿に、自分だけが安全なところからサポートする後ろめたさ。
しかし、自身の姿を敵に気づかれるわけにはいかなかった。
「〝幻惑の霧〟……!」
ネリーは敵の死角から呪文を唱えた。
〝幻惑の霧〟などという大仰な名前の魔法だが、要するに色のついた霧だ。
「よし、行けい我が使い魔の〝黒猫〟よ」
ポーションを持たせた使い魔の黒猫を放ち、仲間たちを回復する。
そうして再び奥に戻り、アンナに通信を入れる。
「アンナ女史。再度ポーションを頼む。この方法で、どれほど時間が稼げるか、わかッーー!」
ネリーの視界が飛んだ。
景色が流れ、工場の柱に叩きつけられた。
「いま誰と喋っていた? まだ他に誰かいるな……? 言え、さもなくば指を一本ずつへし折っていく」
虎仮面の男は、左腕一本でネリーをつるし上げ、右手でネリーの左手の小指をひねり上げた。
「ギャアアアア!!」
小指を第二関節から折られた。
激痛に顔を歪め、身もだえるネリー。
「……まだ手の指は指は9本残っている。仲間は近くにいるな? 〝はい〟か〝いいえ〟で答えろ」
「吾輩は術師ネリー。冒険者だ……アアア!」
「あと8本。早く言わないと足の指も折る。……仲間がいる場所を言え」
張り子の虎のような仮面だが、抑制のきいた低い声が暗殺者の凄味を感じさせる。
有無を言わせない迫力に、ネリーは死を覚悟した。
「させるかおォォーー!」
「ネリーの奴に何しやがったァ!」
そこに現れたのは、ポーションで回復を済ませた戦士ボンゴロと盗賊スライシャー。
ボンゴロは戦斧を虎仮面の頭上へ振り下ろす。
スライシャーは靴のつま先からナイフを出して、敵のアキレス腱に斬りかかる。
息の合った連携攻撃──。
「雑魚どもが何人でかかろうと、虎の前では無力なり!」
虎仮面は頭上の戦斧を両手で白刃取り。
同時にジャンプして足元の斬撃を回避すると、そのままスライシャーを蹴り飛ばした。
「ぎゃっ!」
虎仮面は、盗賊を蹴り飛ばした反動を利用して逆方向に飛ぶ。
そしてネリーの顔面に裏拳を叩き込むと、最後に残ったボンゴロの腰にタックル。
勢いをつけて、真後ろにブリッジを組むように反り返り、相手の頭をコンクリートに叩きつけた。
プロレスの大技、バックドロップに似た投げ技だ。
ボンゴロは後頭部をかち割られる勢いだったが、弾力のある2つの物体によって受け止められた。
「!?」
敵味方共に、一瞬何が起こったのか分からなかった。
「さ、小夜子さんだお」
ボンゴロの後頭部は、小夜子の大きな胸と桃色の障壁によって守られていた。
電光石火のような速度で、バックドロップの間に割り込んだのだ。
「みんな。もう大丈夫よ!」
ビキニ鎧を着た小夜子は、ボンゴロを立たせると虎仮面との間に入った。




