350話・暴かれた幻影の中で
レモリーと魚面が、〝猿〟を捕えたという。
しかし、それは敵の幻影かもしれない。
真偽を確かめるために、知里は地下へと向かって行った。
大広間に残された英雄は、ヒナ、小夜子、ミウラサキの3人。
ヒナとミウラサキはそれぞれ変装しており、一見して〝勇者自治区の要人〟がこの場にいるとは分からない……と、思うけど。
万が一、この事実がクロノ王国に知られたら、間違いなく大変な外交問題になるだろう。
チラリと窓の外に目をやったヒナが、口を開いた。
「さて直行くん。最強格が1枚はがれちゃったけど……。こうなったら、〝よーい、ドン〟の電撃作戦でいこう」
そう言うや否や、ヒナと小夜子とミウラサキはそれぞれアイコンタクトを交わす。
「小夜ちゃん、チェンジね」
「OK」
観客を守っていたミウラサキは位置関係を小夜子と入れ替えた。
「カレム君、お願い!」
「了解!」
まさに〝よーい、ドン〟のタイミングで、英雄たちの連携が始まった。
まずはミウラサキのスキル『ノロマでせっかち』を発動させて、〝猿〟の行動速度を下げつつ、味方の行動速度を上げる。
小夜子は念のため、防御壁を展開して俺やエルマをはじめ大広間の十数人を守る。
一般人の俺には、どうタイミングを合わせてるのか、分からないような素早い連携。
一方、知里が窓から飛び出したのは、幻術を自在に操る〝鵺〟の〝猿〟を仕留めるには、あの2人では少々厳しいとの判断からだ。
向こう見ずに見えて、冷静に状況判断している。
一方のヒナの判断は、思い切りがいい。
小夜子とミウラサキとの連携も完璧だ。
〝敗けない戦い〟を志向する知里と、〝即断即決〟のヒナ。
2人の戦術家としてのタイプはかなり違うんだなと、俺は思った。
「ヒナちゃんさん。あと、俺たちにかけられているステータス異常を回復しないと。ネンちゃんお願い!」
「おじさん! 急に言わないでください」
「そうね! じゃあヒナは、その娘に全体化魔法をかけてあげる」
そう言うとヒナは、ネンちゃんの両手を優しく握り、魔力を込める。
こうすることで、ネンちゃんの状態回復魔法の効果範囲が、ここにいる味方全員に拡張されるらしい。
「……〝聖なる魂よ。うーん。〝わるいじょうたい〟を清めたまえ〟」
ネンちゃんの詠唱はたどたどしいが、俺たちの体は清らかな光に包まれた。
浄化魔法によって、幻惑状態は打ち消されたようだ。
「じゃあ、ちょっと工場を守りに行ってくる!」
そう言うとヒナは、宙に浮かんだ状態で、大広間の窓を開けた。
冷ややかな夜風が、籠っていた部屋の空気を洗う。
「ヒナ・メルトエヴァレンス……じゃなかった、GO! スプラッシュペリキュア!」
彼女は軽々と飛行魔法で工場を目指す。
月夜に華やかなシルエットが浮かぶ……。
「あ!」
しかし、そこに突如現れたのが、先ほどまで戦っていたのと同じ魔物。
頭が猿で、胴体が虎、尻尾が蛇の日本の幻獣〝鵺〟だった。
「ショービジネスの世界で、マンネリなんて幻滅じゃない?」
幻影だと確信したヒナは、きりもみ回転で〝鵺〟をスルー。
そこに、幻獣の前足の爪が伸びた。
「……っ!!」
鮮血が舞う。
ヒナの肩口から胸のあたりまでの箇所が血に染まった。
斬撃のような傷跡だった。
「なるほど。幻影と見せて今度は実体の召喚獣かぁ。しかもありあまる殺意。敵意感知を見落としたヒナがうかつだったわね……」
ヒナは不敵に笑い、回復術で傷口を塞ぐ。
出血は止まったものの、魔法少女の衣装は血に染まったままだ。
彼女はチラリと俺にアイコンタクトを送る。
魔王討伐軍にいたわけでもない俺には、どんなサインだか分からない。
たぶん〝こいつはヒナが引き受ける〟ということだろうか。
分からないまま、俺は頷く。
ヒナも戦線を離脱する様子はないので、たぶん合ってると思う。
「小夜子さん。ここの守りはミウラサキ君1人で大丈夫だ。小夜子さんには工場を守りに行ってほしい」
「だけど、まだ〝蛇〟が潜んでいるわ。この乱戦下で、透明な暗殺者から2人を守れるのは、わたしだけだよ」
「小夜子さんの言う通りですわ! ミウラサキ一代公爵の時間操作だけでは、守りに心もとないですわ」
「え、ボク心もとないの?」
「敵の狙いが読めましたわ! あたくしたちを分断させておいて、〝透明な蛇〟が直行さんとあたくしを殺す算段ですわ~。怖いですわ~。小夜子さん、どうかこの幸薄い夫婦をお守りくださいませね♪」
「もちろんよ! わたしにまっかせなさーい」
俺の戦況判断に、小夜子とエルマが反対した。
そしてミウラサキは少し肩を落とした。
「蛇はいない。俺はそう確信している。途中で〝猿〟に捕まって再度仲間に引き入れられた可能性もあるけど、それはない。蛇がいたら、こんな回りくどい策など弄さない」
窓の外ではヒナと〝鵺〟との戦いが始まっていた。
鵺の放つ雷が、屋敷の避雷針に落ちる。
召喚された妖獣は、屋敷をも巻き込む勢いで電撃魔法を繰り出している。
ヒナは魔法吸収を駆使し、屋敷への被害を抑えながら戦っている。
すさまじい轟音が鳴り響き、館全体がきしむ。
これは明らかに幻影ではなかった。
電撃を操る〝鵺〟は、今まで戦った上級悪魔や腐敗竜よりも厄介な敵に思えた。
俺が電撃なんか喰らったら一発アウトだ。
とてもじゃないが、〝勇者パーティ〟のレベルでなければ対処できない。
「ボクがあいつを押さえて、ヒナっちが工場へ。小夜ちゃんは皆の守護というのがベストじゃないかな」
ミウラサキはそう提案するが、俺は首を横に振った。
「この期に及んでも、敵の狙いは工場一択だ。工場を壊されるわけにはいかない。秘密がバレてもまずい。火をかけられたら、アンナたちは助からない。小夜子さんの障壁は、火の中も進める?」
「火の中では息ができないから、時間は限られてしまうけど、皆を助けるくらいなら」
「なら小夜子さんには工場に救援に行ってほしい」
俺は小夜子に工場の守護と、アンナたちの救出を託すつもりだ。
「直行さん、この布陣で三正面作戦は危険すぎますわよ!」
エルマの懸念ももっともだが、俺には確信があった。
「二正面だ。〝蛇〟の穴をつく」
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「どうも~。お久しぶりでしゅ~。お嬢様のツケの集金に来たでしゅ~」
「お、おう。異界風さんか……。だけど待てよ、おかしいなエルマの奴、お店には行ってないはずだけど」
「テイクアウトでしゅ~」
「旧王都からは3日もかかるだろ。まさか、わざわざ店主を呼んで飲み食いしていたのか?」
「そうでしゅ~」
「次回の更新は9月30日を予定しています。タイトルは『エルマ自腹でつけ払い』です」
「ご利用は計画的にでしゅ~」




