348話・別動隊
今回は三人称でお届けします。
──レモリーが大広間の直行に連絡を入れる5分前。
闇に閉ざされた廊下を、レモリーと魚面は進んでいた。
風の精霊術を利用して、彼女たちが立てる物音は消している。
魚面の暗視魔法により、視界は良好だ。
彼女は車椅子を器用に押して進む。
2人の声が外に漏れないように、精霊術でガードしながら会話する。
しかし、お互いを意識しているのか、どこかよそよそしい。
「レモリーサン、気をつけテ下さイ。〝猿〟は、マズ間違いなク屋敷内にイマス。あレほど鮮明な幻影魔法ノ有効範囲ハ限られマス」
「はい。では猿が隠れるとしたら、どのような場所が考えられますか?」
「幻影魔法ハ集中力ヲ要しマス。ダカラ、バッタリ会わナイような場所ダナ……あ、場所デス」
彼女たちは廊下から風の精霊を飛ばし、使われていない部屋の中で呼吸音を探る。
少しでも風に乱れがあれば、敵が隠れている場所が感知できる。
「いいえ。魚面さま。敬語はやめていただけますか?」
「え、イヤ……。だけどワタシにとってノ大恩人直行さんノ大切な人ダカラ」
「いいえ。魚面さまこそ」
「ワタシは違うヨ。エルマお嬢は茶化してるダケデ……愛人ナンテ筈ないヨ。ソレに〝さま〟はヤメテくレ。魚面でイイ」
「はい。分かりました。今後は〝魚面さん〟と、お呼びいたしましょう」
「……ソウしてクレ。レモリーサン」
魚面は何となくではあるが、レモリーとの距離が縮んだような気がした。
「ソレにシテも意外ダッたヨ。レモリーサンの方が〝鵺〟の手の内がよく分かルみたいダ」
かつて組織の一員だった自身ならともかく、初めて〝暗殺者集団・鵺〟と対峙したレモリー。
下手をすれば、鵺にいた自分よりも敵の意図を読んでいる彼女に驚いていた。
「レモリーサンは〝声〟から幻影に気づいタんダな……」
「はい。敵襲があってから、私は風の精霊を放ち、声の出どころに注視していました……」
「イイ判断ダ。ワタシは見落としてイタよ」
「ですが、風の精霊は反応しないので、居場所までは突き止められませんでした」
ロンレアの屋敷を巡り、敵の影を追う。
レモリーや魚面にとっては我が家でもあるので、地の利はある。
しかし大方の部屋は調べたが、敵が潜んでいる形跡は見つからない。
「……すでに猿は逃げてしまったのでしょうか?」
「ソレはない。幻影が続いてる以上、猿はドコかに潜んでイル」
レモリーは指先に小さな火を灯し、火の精霊を天井裏に飛ばす。
先に敵に気づかれる危険性はあるが、このままでは埒が明かないと判断した。
「猿は?」
「いいえ。天井裏には潜んでいません……」
「猿は、知里サンとヒナサンの索敵デハ〝殺意〟や〝敵意〟さえなかッタ……。いくら〝鵺〟デモ、殺意のない暗殺なんて無理ダ」
「はい。私もそこに秘密があるような気がしています」
折しもその時、レモリーの通信機に最初の着信が入った。
「直行だ。2人とも無事か? レモリーは通話、大丈夫か?」
「はい。ですが〝猿〟の本体は未だ捉えられておりません」
「そうか。この幻影攻撃は敵の陽動だ」
「……!!」
直行は、知里とエルマが見破った幻影についてを語った。
声が漏れないように風の精霊で周囲をガードしているが、レモリーが驚いたことにより風の精霊に乱れが出た。
魚面は、何事かとレモリーに顔を近づける。
「陽動……カ。敵の狙いは、別二……」
「はい。猿に与えられた今回のミッションは直行さまとエルマさまの殺害。ですが、知里さま、小夜子さま、ヒナさまにミウラサキさまという、当代きっての英傑を前に、暗殺を成し遂げるのは極めて難しい……」
「ダカラ、狙いを別ニすえタ」
魚面とレモリーは状況を確認し合った。
そして再び通信機を取る。
「はい。直行さま。敵の狙いは……」
「まず間違いなく工場だろう。とはいえ、今の状況で俺たちが戦力を分散するのは危険だが、手は打たないと」
「はい。お任せします。では私たちは引き続き〝猿〟の潜伏先を突き止めます」
「〝猿〟は〝高度な呪殺系魔法〟を使う。一瞬の判断ミスが死に直結する相手だ。くれぐれも用心してくれ」
「はい……心得ました」
そう言って、レモリーは通信を打ち切った。
「工場へノ襲撃は蛇と虎だろうカ……? アンナ女史と冒険者3人組デ対処できる相手じゃナイヨ」
魚面は心配そうに言った。
「いいえ。敵の狙いを知った以上、直行さまが救援を出さないはずがありません。誰が向かうにせよ、危険なのは、むしろ手薄になった大広間です」
「……大広間の敵ハ幻影ダロウ」
「はい。ですから私たちで猿の潜伏先を探さねばなりません。もっとも、屋敷はあらかた調査済みですので、納屋か外風呂のあたりまで範囲を広げてみますか……」
「ねエ……。レモリーサン」
「はい? どうかなさいましたか?」
「トイレはマダ調べテなかっタ……」
不意に車椅子を止めた魚面に、レモリーは首を傾げた。
「いいえ。お手洗いなど、誰かれなく不意に遭遇しそうなところに、敵は潜まないのでは……?」
「違ウ。直行サンが工事しタ水洗式じゃなくテ! 旧式の臭いトコ」
「……!」
唐突に出てきた話題に、レモリーは一瞬目を見開いたが、すぐに理解した。
勇者自治区から取り寄せて、わざわざ増設した水洗式トイレ。
それまでは、地下に穴を設けた簡素な形式のトイレだった。
落とし込み式の簡易型の便所で、糞尿はピットラトリンと呼ばれる槽に貯める。
そこが満杯になったら閉鎖し、別の場所に穴を掘る。
「猿は汚濁ナド物ともシナイ。糞尿ヲ、ドウにかシテ、その穴に潜んデイル!」
「はい。可能性は高そうです!」
レモリーは通信機を手に取ると、直行に連絡を入れた。
「はい。直行さま。敵の潜伏先の見当がつきました」
「……! どこだ?」
「はい。今は使っていない便槽です」
「……分かった。知里さんに具体的な潜伏先を確認してもらい次第、追って連絡する。くれぐれも無理はするなよ」
「はい。承知しました。突入準備を進めつつ待機します」
レモリーはそう告げると、魚面に視線を送った。
鵺の猿。
ようやくその潜伏先を特定し、追い詰めつつあった。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
「直行さん、愛人2人を前線に立たせて、ご自身は高みの見物とはとんだ恥知らずですわね♪」
「エルマお前、人聞きの悪いこと言うもんじゃないぞ」
「鵜匠みたいなものですわね♪ カッコいいですわ~♪」
「あのなあ。そもそも俺とお前はビジネス上の婚姻関係だし、魚面は愛人ではなくて」
「妻に向かってあんまりですわ~♪ 鬼~♪ 悪魔~♪ 恥知らずの人非人~♪」
「……嬉しそうに言うなよ」
「次回の更新は9月26日を予定していますわ♪ いよいよ痴情のもつれで収拾がつかなくなる話になる予定です♪ お楽しみに♪」




