345話・質量を持った幻影
大広間の中央では、手負いの〝鵺〟の猛攻を、小夜子が障壁で防いでいる。
下着姿でアクロバティックに回避をしたり、悩殺ポーズで攻撃を受け止めたり。
もちろん男たちはガン見している。
当然、小夜子も彼らの視線には気づいている。
誰かと目が合う度に、恥ずかしそうに目を逸らす。
するとピンク色の障壁が濃くなり、防御属性が上がる。
「ワントゥ、スリー、エン……」
ヒナは二十数本のマジックタクトを縦横無尽に操り、光弾を撃ち込む。
先ほどまでとは違い、鵺に対する牽制だ。
その間、小夜子は闘気をまとった刀を頭上にかざす。
ヒナの魔力付与により、魔法属性を得た刀身が紅蓮の炎をまとう。
「直行さん♪ 小夜子さんのお胸がこぼれそうですわね♪ ポロリがあったらどうしましょうねー♪ 見てごらんなさいよ、あの小夜子さん。雌の顔でとっても嬉しそうじゃないですか♪」
エルマは鼻を膨らませて、好奇な視線を小夜子に投げかけている。
「茶化すなエルマ……。小夜子さんの能力があるからこそ、これまで奇跡的に犠牲者が出てないだけで、本来なら何人死んでたっておかしくない襲撃なんだぞ」
「そんなことわかってますわ! あたくしとしては小夜子さんを煽って、さらに防御効果を高めようとしただけですのに……」
エルマは口を尖らせる。
──その時。
「それでは、本日のメインイベントをお楽しみください。題して裏切り者の処刑ショーでござい」
見世物小屋の役者風の、芝居がかった声が聞こえた。
一瞬、会場内が静まり返り、小夜子が鵺の猛攻を刀で弾く金属音だけが響く。
その後、来場者たちの大きなどよめきが巻き起こった。
「裏切り……者?」
俺と知里は互いに顔を見合わせた。
魚面のことか……?
続いてドラムロールが鳴った。
いつの間にか、壁が紅い緞帳に再度覆われている。
その幕の一つが上がると、サーカスで使うような車輪のついた檻が現れた。
傍らに立っているのは、虎の仮面を被った大男だ。
檻にはカーテンがかかっていて中の様子は見えない。
「解いたはずなのに、まだ幻を見ているのですか?」
「何だか夢見心地な気分です~」
眉をひそめたギッドと、すっかり警戒心を解いてしまった仕立て屋ティティ。ふたりの反応は対照的だった。
いや、彼らだけではない。
来場者の反応が大きく割れている。
不安がる者と、安心し切って幻影の見世物芝居を楽しみ出す者。
中には再び料理に手を付けたり、グラスを傾ける者までいた。
「みんな、油断しちゃダメだっ! ボクの後ろに隠れて!」
彼らを守ろうと、ミウラサキが声をかける。
一方、大広間中央では小夜子とヒナが鵺の猛攻をしのいでいる。
「あ! お魚先生!」
エルマが叫んだ。
いつの間にか檻のカーテンが開いていて、猛獣の檻に入れられた仮面の魚面が現れた。
仮面の他は一糸まとわぬ姿で、四つん這いで檻にとらわれている。
「ママ! こっちはヒナが受け持つ」
「魚ちゃん!」
ヒナがマジックタクトで光弾二十連撃。
鵺が応戦している隙に、小夜子が反転して魚面の救出に向かった。
「グレン流剣術・鉄裂き」
小夜子は跳躍して、クルリと一回転すると天井を両足で蹴る。
天井をステップにして、上空からの急襲だ。
勇者トシヒコの愛刀だったという闘気をまとった太刀で檻を斬りつけた。
「させるかよぉ!」
虎仮面は小夜子の斬撃を刀ごと蹴り飛ばす。
しかし、彼女はバランスを崩しながらも、足の甲を虎仮面の後頭部に引っ掛けてそのまま蹴り飛ばす。
両者ともに神速だ。
「ぐるわあああ」
虎仮面は両手を床につけて着地すると、カンフー映画にあるような派手な起き上がり方を見せた。
巨体から受ける印象に反して素早い。
「来いやあ!」
虎仮面は両腕を上げて、今度はプロレスラーのように小夜子を挑発する。
しかし、彼女は挑発には乗らない。
「魚ちゃん、いま助ける!」
彼女の優先順位はあくまでも魚面の救出だ。
ただ、俺にはどうしても気になる点がある。
「待って! 小夜子さん。その魚面は幻影の可能性が高い」
俺は叫んだ。
「根拠は二つ! 彼女は膝がまだ万全じゃないから、その態勢は取れない。それと、体つきが微妙に違う」
数日ではあったが、俺と同化してしまった魚面とは文字通り一体として過ごした。
さすがに恋人でもない異性の体をジロジロ見たわけではなかったが、檻の中にいる魚面にはどこか違和感を覚える。
「さすが直行さん♪ 愛人の体つきまで熟知するとは」
「直行くんのエッチ」
エルマと小夜子はそんなふうに言っているが、俺は大まじめだ。
それに……。
どうも何かが引っかかる。
腑に落ちない点がある。
知里もそう思っているのか、戦闘には参加していない。
「解除したのに……いつの間にか、また幻影にやられるとはね」
(……なあ知里さん。あれほどの幻術使いなら、幻覚に見せかけて俺たちを皆殺しにすることも、料理に毒を盛ることも容易だったんじゃないか──?)
俺は疑問を心に浮かべてみた。
「敵意や殺意があったら、あたしは絶対に見過ごしはしない」
「……いま起きてることって、どこまでが現実なんだろう」
ヒナが相手をしている魔物・鵺はすでに満身創痍なはずだが、一向に疲れを見せない。
小夜子と対峙している虎仮面は、彼女の斬撃を蹴り飛ばしている。
どこまでが幻で、どこからが現実なのか……。




